櫟林くぬぎばやし)” の例文
そこは三十軒ほどの部落の端にある、北側に櫟林くぬぎばやしをめぐらせた、南向きの、枯れて明るい桑畑を前にした陽当りのよい構えだった。
日本婦道記:小指 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
勘次かんじ菜種油なたねあぶらのやうに櫟林くぬぎばやしあひせつしつゝ村落むら西端せいたん僻在へきざいして親子おやこにんたゞ凝結ぎようけつしたやうな状態じやうたいたもつて落付おちついるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
全山こと/″\く小松原であるこの山も麓の方には稀に櫟林くぬぎばやしや萱の原がある。紅梅を見越しての麓の原はちやうどその櫟の林となつてゐた。
「あの櫟林くぬぎばやしの冬景色は、たしかにこの塾の一つの象徴しょうちょうですね。ことにこんな朝は。——まるはだかで、澄んで、あたたかくて——」
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
銃声はなか/\近付いて来ません。わたくしは、もどかしくなり、風呂敷包を玄関の踏石の上に置いて櫟林くぬぎばやしの方へ先生を捜しに行きました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
富士の美しくかすんだ下に大きい櫟林くぬぎばやしが黒く並んで、千駄谷せんだがや凹地くぼちに新築の家屋の参差しんしとして連なっているのが走馬燈のように早く行き過ぎる。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
甲虫のいる櫟林くぬぎばやしはもうそこに見えている。二人は、いつしか手を取りあって、幼いときによく歌った歌を思いだして、声をそろえて歌ってゆく。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
物思う身に秋は早くも暮れて、櫟林くぬぎばやしに木枯しの寂しい冬は来た。昨日まで苦しい暑さを想いやった土方の仕事は、もはや霜柱の冷たさをいたむ時となった。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
正午の頃までは、裏の櫟林くぬぎばやしえたりして居た。何時の間に甲州街道に遊びに往って無惨むざん最後さいごげたのか。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
櫟林くぬぎばやしや麦畠や街道や菜園や、地形の変化に富んだその郊外は静かですがすがしかった。乳牛のいる牧場は信子の好きなものだった。どっしりした百姓家を彼は愛した。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
街路とおりの左右に櫟林くぬぎばやしを見るようになった。政雄はもう人家が無くなるだろうと思っていると、街路とおりの右側に石の新らしい鳥居とりいに電燈を一つとりつけてあるのが見えた。政雄のほしいままな心が高ぶっていた。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
櫟林くぬぎばやしのはずれで
貧しき信徒 (新字新仮名) / 八木重吉(著)
途方に暮れてぼんやり立ち続けていますと川上の丘の櫟林くぬぎばやしの方に当って、聞き慣れた犬の吠える声が聞え、銃声も響きます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「書記さん。私はあの櫟林くぬぎばやしの中を探して、武夫君の行方をつきとめたいんですが、貴方も一緒に行って呉れませんか」
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
久さんが生れて間もなく、村の櫟林くぬぎばやし棄児すてごがあった。農村には人手がたからである。石山の爺さんが右の棄児を引受ひきうけて育てた。棄児は大きくなって、名を稲次郎いねじろうと云った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
二人は話しながら、月の光を浴びて櫟林くぬぎばやしの下を長峰の方にたどった。冬の夜は長くまだ十時を過ぎないけれども往来には人影が杜絶とだえて、軒燈の火も氷るばかりの寒さである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
もとから在った櫟林くぬぎばやしをそのまま取入れたあたりと、僅かに野川の水を引いて流れを作ってあるのとが庭造りらしい跡をみせているが、ながいこと主人も来ず捨てて置かれたので
晩秋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
勘次かんじういふくぬぎゑてはやしつくるべき土地とち開墾かいこんをするためにもう幾年いくねんといふあひだやとはれてちからつくした。かれやうや林相りんさうかたちづくつて櫟林くぬぎばやし沿うて田圃たんぼえてはしつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そして行き着いたのが戸山ヶ原の櫟林くぬぎばやしであつたのだ。驚きはいつか一種の哀愁に變つて、足音をぬすむ樣にして私は其處に群立してゐる木から木の間の下草を踏み分けて歩き𢌞つたものであつた。
……黄いろな夕陽の光が松原の外にあったが春の日のように空気が湿っていて、顔や手端てさきの皮膚がとろとろとして眠いような日であった。彼は松原に沿うた櫟林くぬぎばやしの中を縫うている小路こみちを抜けて往った。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
戸籍面こせきめんの父はおろかで、母は莫連者ばくれんもの、実父は父の義弟ぎていで実は此村の櫟林くぬぎばやしひろわれた捨子すてごである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かれ村外むらはづれの櫟林くぬぎばやしそばたので自分じぶんいへちかくにはさういふものつくはたけが一まいもなかつた。それでも胡瓜きうりだけは垣根かきね内側うちがはへ一れつゑてうしろはやしまじつたみじかたけつててた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
櫟林くぬぎばやしは巨人群像のように、逞しい枝を張り、生々した梢を大空の方にグッと伸ばしていた。膝を没するような雑草を、バサバサと踏みわけながら、武夫とお美代とは、奥深く入っていった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そしてひと組の青年たちが、かんば沢の櫟林くぬぎばやしの中に彼をみつけだした。
藪落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)