業腹ごうはら)” の例文
酒の下地で、常よりは、やや図々しい前川に、夫人はちょっと業腹ごうはらで、ヒステリックに、その話を打ち切って、別の手を考えていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
二叔の信雄、信孝へむかって、こううながすのさえ、あごのさきで、声こそ低かったが、業腹ごうはらたぎりが息になって洩れたような語調だった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こっちから頭を下げて行くのは業腹ごうはらだから、じっと辛抱していた。後で聞いて見ると、向うでもやっぱり同じような気持だったらしい。
この分では総勢撫斬りであろう、余興とは言いながら、毛唐風情けとうふぜいのために、浦方すべてが総嘗そうなめとは——残念である、業腹ごうはらである。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わたしは「時春さん、待ってよ」と小声でいうのであるが、はっきりそう聞取られるのも業腹ごうはらだという気持があるので、強くも訴えない。
美少年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
横合から不意に出て来て玉無しにされてしまったという業腹ごうはらがまじって、半七は飽くまでも意地悪くこの武士をいじめにかかった。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
少々業腹ごうはらなのをがまんしていたのだが、いくらまっても姿をみせないとなると、せっかちな安江はじっとしていられなくなる。
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
「あんなのを送った日にゃ、八丁堀の旦那衆から、どんなお小言が出るか判らない。業腹ごうはらだがとうとう縄を解いてしまったよ」
少々業腹ごうはらではあったが、自動車に乗り込むと同時に気が変って、狭苦しい迷宮じみた下六番町あたりの暗闇を自動車でマゴマゴするよりも
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ところで、さっきみてえなことがあってみると、わしもつい弱気になってちっと草鞋わらじをはきてえと思うが、さて、江戸を離れるのは業腹ごうはらだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と云ってこのまま立ち去るのもちと業腹ごうはらに思われる。四人一度にかかったなら抜けないことはよもあるまい、一度にかかろうではござらぬか
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「しかし安心し給え。今度は自動車へでも俥へでも土地の相場で乗って見せる。金は惜しくないが、田舎漢に附け込まれるのは業腹ごうはらだからね」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一体何の必要があって、あんなに大浪をかぶって行くのだか、その船も当時の私には、業腹ごうはらで仕方がなかったものである。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
よっぽど引っ返して通弁兼護衛でも雇って出直そうかと考えたが、私だって意味の判然しないことでそうやすやすと追っぱらわれるのは業腹ごうはらだ。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
お重も無言のままそれをスプーンつっついたが、自分から見ると、食べたくない物を業腹ごうはらで食べているとしか思われなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だが、それ以上突込んで聞くのも私には業腹ごうはらだったし、私は自分の無能をあわれみ、自己嫌悪を感じて黙ってしまった。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
業腹ごうはらだった。のみすけのおれのことだからべつにやけ酒じゃないのだが、端からみたらそうとれるかもしれぬ。
放浪作家の冒険 (新字新仮名) / 西尾正(著)
ええ業腹ごうはらな、十兵衛も大方我をそう視て居るべし、とく時機ときの来よこの源太が返報しかえし仕様を見せてくれん、清吉ごとき卑劣けちな野郎のしたことに何似るべきか
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
俺のあとをつけ回しているにちがいない憲兵に、そいつを取られたら、うるさいと思ったからだが、このまま、むざむざ中尉に返すのもなんとなく業腹ごうはらだった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
……どうしてこう早くお帰りになったんでございますか……皆様のおっしゃる事を伺っているとあんまり業腹ごうはらでございますから……もう私は耳をふさいでおります。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
主婦おかみは心なく飛込むも異なものなり、そのまま階子段へ引退ひっさがるも業腹ごうはらなりで、おめおめと見せられる。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼にはソバケーヴィッチの仕打が業腹ごうはらでならなかったのだ。とにかく、何といったって、知事のところでも、警察部長のところでも会って、知合いの仲じゃないか。
俺は、そんな訳で業腹ごうはらあげくに、ようし、じゃ俺が一人で行って先占をしてやると、実にいま考えるとっとするような話だが、腹立ちまぎれにポンと飛び出したのだ。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
見す見す閑地の外を迂廻うかいして赤羽根の川端まで出て見るのも業腹ごうはらだし、そうかといって通過ぎた酒屋の角まで立戻って坂を登り閑地の裏手へ廻って見るのも退儀たいぎである。
しかし、ただたすけるというのが業腹ごうはらにおおもいなら、こうしましょう。この男を今日きょうからさむらいをやめさせて、わたしの弟子でしにして、出家しゅっけさせます。それで堪忍かんにんしておやりなさい。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
はばかりながら、とうに戻つて来てをりますから御安心下すつて結構です、いろ/\お手数をかけましたが、もう御入用はありますまいな」と、皮肉交りに云はれさうなのが業腹ごうはら
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「姉さまも花はどのくらい好きだか……。」と、叔母も業腹ごうはらのような笑い方をした。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
八分通りは売ったので、まあこれで引き上げようと父は帰りましたが、まだ売れ残りがあるので、私はそれを持って帰るのも業腹ごうはらで、私は、これを売ってから帰りますと後に残りました。
それも業腹ごうはらなら死んでしまうかだよ。ところでわしはまだ死にともないのだ。だから強くなくてはいけないのだ。だがわしは気が弱いでな。気を強くする鍛錬をしなくてはいけないのだ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
これ程の息苦しげな沈黙に、業腹ごうはら立てて一声ひとこえ搾らぬことがあらうか?……
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
で、豪気な、おおかめさん一家は、けちけち町湯にゆくのが業腹ごうはらで、白昼大門通りを異風行列で練りだすのだった。ときによると、あんぽんたんまで、その人数に加えようと、かりにくるのだった。
「早くゆきましょうよ森さん」と幸吉は業腹ごうはらまぎれにいった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
といって、わざわざ村田に尋ねるのも業腹ごうはらだった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
このまま、黙って逃げるのも業腹ごうはらだねえ——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
道庵が鰡八に楯をつくのは、それはほんとうに業腹ごうはらでやっているのだか、または面白半分でやっているのだかわからないのであります。
いくら黄金の力を内心誇ってみていても、都の貴人の前へ出ては、みちのくの一商人あきんどとしか見られないのが、業腹ごうはらでならなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うんというのも業腹ごうはらだし、といってはっきりいやともいいかねる。もたもたしているそんな気もちにおかまいなく浜子は
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
あんまり業腹ごうはらだから、千円の保証金を納めましてね、現物取押げんぶつとりおさえを申請して、とうとう芋を取り押えてやりました。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
次に赤羽君の成功を聞き知ってからは羽振が好くなったからだと思われるのが業腹ごうはらで矢張りそのまゝにしていた。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
掴むような話で、おめえに笑われるのも業腹ごうはらだから実は今まで黙っていたが、おめえをここまで引っ張り出したのは、もしやという心頼みがちっとはあったんだ
半七捕物帳:10 広重と河獺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「オオ寒! なんにしても業腹ごうはらだ。ひとつそこらへ放火つけびをして、この埋めあわせをしようじゃアねえか」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
車掌にそう云うのも業腹ごうはらだから、下りて、万世橋行まんせいばしゆきへ乗って、七時すぎにやっと満足に南町へ行った。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
言われるだろう。それに他の御用聞に嗅ぎ出されて、馬鹿にされるのも業腹ごうはらだ。銭形の兄哥なら——
はばかりながら、とうに戻って来ておりますから御安心下すって結構です、いろいろお手数をかけましたが、もう御入用はありますまいな」と、皮肉交りに云われそうなのが業腹ごうはら
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
威嚇的に物をいわれたこと不快でもあれば業腹ごうはらでもあったが、例の理由のない圧迫に押されて、そういう本心を出すことができず、ついおとなしく慇懃いんぎんにそんなように口から出したのであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私はそうなると、お神さんのあるのが業腹ごうはらで帰してやるのがいやなんです。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
学生が何かったら、飛び出して、面と向って云ってやろうと、はやっていた勝平も、相手が急にしずかになったので、拍子抜がしながら、しかもそのまま立ち去ることも、業腹ごうはらなので、二人の容子ようす
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お膝に行儀よくお手々をついているのは業腹ごうはらだという妙な意地もあった——
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
恥かしいっていう柄じゃありません、真似をしたように思われるのが業腹ごうはらでね。こう見えてもわたしゃ、真似と坊主は大嫌いさ。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
めたことを言やがるんで、つい業腹ごうはらわめいたんですよ。……人の売り物に、しびれ薬が入れてあるなんてかしゃあがるんで
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)