明瞭はっきり)” の例文
だから、しかし、明瞭はっきりしておかないと、後でみんなが困ることですから。(間)万一です、万一ですね、あなたがあさ子さんを……。
みごとな女 (新字新仮名) / 森本薫(著)
それは、色のない透明すきとおったものが光っているようでいて、そのくせどうも形体かたち明瞭はっきりとしていない、まるで気体のようなものでした。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
又右衛門は濁酒どぶろくの燗を熱く熱くと幾度も云ったそうである。茶屋の親仁おやじだから燗の事だけは確かに明瞭はっきりと覚えていたにちがいない。
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
……遠慮はいらない明瞭はっきりとお云い! 妾にくか卜翁に従くか? 妾は十まで数えよう。その間に決心するがいい。一つ、二つ、三つ、四つ
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ああして小綺麗なメリンス友禅の掛蒲団の置炬燵にあたりながら絽刺しをしていた容姿すがたが、明瞭はっきりと眼の底にこびりついて、いつまでも離れない。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「人の怨み、そんなことはないだろうが、やっぱり何かな……」とつぶやいていたが、にわかに声を明瞭はっきりさせて
北国の人 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
何をいっているのか、坂口にはよく聴取れないが、明瞭はっきりした愛蘭アイリッシュ訛で、折々口ぎたない言葉を吐いていた。その度に二三の女達がドッと笑い崩れている。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
その上六人のうちで、これから何をするか明瞭はっきりした考をっていたものは誰もないのだからはなはだ気楽である。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
言うその事柄は能く解りませんのでしたが、一言、一言、明瞭はっきり耳に入るので、思わず私も聞惚れておりました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それから的を見透すというと、これはさす、これはおちる、これはまえ、これは西うしろということが明瞭はっきりとわかるのでござる
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼女はたちまち興奮した。険しい眼には挑戦の意気込みが現われた。こうなると、先刻さっき自分が明瞭はっきりと見極めた事実すら、何だか曖昧あいまいなものに成った様な気もしだした。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
何だか貴方あんたの云うことは明瞭はっきり分らねえ、だがねえおらア身体は大事、先方むこうな身体も大事と一つにいうなら、何故己ア身体を先方な奴がったか、打たれては腹が立つ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「何ですかえ、その亀安の番頭は、お藤さんが珊瑚さんごを釣る現場を明瞭はっきり見たとでも言いましたかえ。」
眠元朗は全く明瞭はっきりすぎるくらい明らかな寂漠さびしい風表かざおもてっているような顔をしていた。——しかしかれは黙ってむしろ気難しそうに口をゆがめて返事をしなかった。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかしそなたに感服したればとて今すぐに五重の塔の工事しごとを汝に任するわと、軽忽かるはずみなことを老衲の独断ひとりぎめで言うわけにもならねば、これだけは明瞭はっきりとことわっておきまする
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それは明瞭はっきりと知ることが出来なかった。心持ち首をかしげて、彼女はまた書物の上に眼を落した。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
母親の気づかはしげな声が、茫然ぼんやりと耳に入る。しかしお葉はまだ自分の手や足や胴がどこに置かれてあるのだかわからないし、自分が今何をして来たのだかも明瞭はっきりしない。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
「君の云うことはよく分らんな、もっと明瞭はっきりと言い給え」と係長が焦れッたそうに云った。
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
たった今の事実を、それも傍にいながら明瞭はっきり覚えていないのは、頭がぼけているのだろう。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私にはまだよくわからずにいる相手の気持もいくらか明瞭はっきりしはしないかと思って、かえってそういう私自身の不幸をあてにして仕事をしに来た私は、ために困惑こんわくしたほどであった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
けれども、彼女の恢復かいふくしかけた意識は例によって、血潮の洗礼を受けたあとでも因襲道徳にとらえられていた。それを明瞭はっきりと聞きただす勇気はなくって、いたずらにもだえ苦しんだ。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
道徳も習慣も男性の貞操に関しては、明瞭はっきりした定義を下しかねているようで、かえって「男の働きだから仕方がない」なぞと女性の方を押え付けるような傾向さえある位であります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
素敵すてきもない大きな鼾を掻いている最中に不図眼を覚まして、頭を明瞭はっきりさせようと床の上に起き直りながら、スクルージは別段報告されんでも鐘がまた一時を打つところであるのを悟った。
読んだだけでは逸し易い文体の特質が訳して見て明瞭はっきりする点も頗る多かった。
銷夏漫筆 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
また元の道へ引き返して、雷門の前通りを花川戸へ曲がるかどに「地蔵の燈籠とうろう」といって有名な燈籠があった。古代なものであったが、年号がってないので何時頃いつごろのものとも明瞭はっきりとは分らぬ。
「え、読みました。」と明瞭はっきりと答えた。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
その言葉は明瞭はっきりとは聞取れなかった。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ところで僕は、これが唯一の機会チャンスだと思うのだよ。つまり、犯人がピロカルピンを手に入れた——その経路を明瞭はっきりさせることなんだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
異状すぎた異変を見たが、それを見たといっていいか——本当に見たのか、夢を見たのか? それさえ明瞭はっきりしないことを、いいもできなかった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
そうして、私達を取り囲みましたが、年長らしい一人の男が、明瞭はっきりした正確ただしい柬埔寨語で、斯う私に話し掛けました。
赤格子九郎右衛門 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その辺は明瞭はっきりしないが、たしかにこの家のまわりを、うろつく人影があったことを、米友は確実に感づいたのみではない、確実に認めたのだから猶予はなりません。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
クッキリと黄色い光線をびている甃石の上は、日蔭よりも淋しかった。青空も、往来も、向う側の家々も、黒眼鏡を通して見るように明瞭はっきりとして、荒廃さびれて見えた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
……然しどうも明瞭はっきりとしない。妙に紛糾したものが私の頭の中に醸されて渦を巻いている。
蠱惑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
自己のことにばかり目がくらんでしまって、明瞭はっきりした眼をもたなかった。真の愛情がないものが、なんでそんなことを言うのか——変だとは思わないで、ただ厭だとばかり思った。
全く興覚きょうざめてしまって、神経を悩む病人のように、そんなことをぶつぶつ口の先に出しながら拳固にぎりこぶしを振り上げて柳沢をつつもりか、どうするつもりか、自分にも明瞭はっきりとは分らない
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「これなら私にも、明瞭はっきりとはいきませんけれど……どうかこうか見えます」
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
明瞭はっきり記憶して居らぬが、何でも十一二の頃小学校の門(八級制度の頃)をえて、それから今の東京府立第一中学——其の頃一ツ橋にった——に入ったのであるが、何時いつも遊ぶ方が主になって
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
唄の文句は明瞭はっきりとは聞き取れないが、狂女お艶から出てこの界隈では近ごろ誰でも承知の狂気節きちがいぶしはお茶漬音頭、文政末年都々逸坊仙歌どどいつぼうせんかが都々逸を作出あみだすまでのその前身よしこの節の直流を受けて
その頃の景物がまことに明瞭はっきりと、よく、今も記憶に残っております。
立松が葡萄酒を飲めと云った。少し飲んだら幾分明瞭はっきりした。
鳩つかひ (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
夢にしてはあまりに事実が明瞭はっきりしている。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
伸子さんが燐寸マッチって顔を照らすまでは、いったい誰がたおされたのか、それさえも明瞭はっきりしていなかったというくらいで……。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その時の光景を、今でも、明瞭はっきりと憶えているが「のばく」から、通りへ出る坂の右側に「金時湯」という湯屋がある。その前で、一人の女に逢うた。その時
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
おいら決して冗談は云わねえ。殺すと云ったらきっと殺す。だからしっかり性根を据え、云うか厭か明瞭はっきり云いねえ。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかし今、海浜旅館で見かけた人は余り距離が隔っていたので、明瞭はっきりした事は云えません。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
それでまと見透みとおしが明瞭はっきりとせぬ故、遠近の見定めがつかぬ……その故にねらいの本式はまず弓を引き分くる時に的を見、さて弓を引込めたる時、目尻でこう桿から鏃をみわたし
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その時私は明瞭はっきりと知った。彼は決して私の顔は見なかった。只私の前に在る紅茶と菓子とをじっと見たのだ。それから彼は例の四角い卓子について、紅茶と菓子とを女中に云いつけた。
蠱惑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
誰れにもまして怒りも強かったであろうし、また悲しみも深かったであろうが、子の親である人のそうした場合には、明瞭はっきりと自分の不明であった事にうなずかなければならなかったであろう。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかしその時、時計が五時を打って、それだけは、妙に明瞭はっきりと覚えていますが……ああ、どうか今夜だけは、貴方がたといっしょに過させていただけませんか……
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「城中一切の原動力? 随分大きく出やがったな。……しかしどうもおいらには意味が明瞭はっきりわからねえ」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)