文鎮ぶんちん)” の例文
旧字:文鎭
王者は黄金十斤と、水晶の界方かいほうをくれた。界方とは直線を引くに用いる定規で、それで文鎮ぶんちんをかねるものであった。王者はいった。
織成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
(五)園部が、わざと星尾と同じ駅に下車し、しかも人殺しの兇器になりそうな文鎮ぶんちんを買って持っていたことなど、不審と言えば不審である。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼はそこにあった、鉛のくずを叩き固めた様な重い不恰好ぶかっこう文鎮ぶんちんで、机の上を滅多無性めったむしょうに叩きつけながら、やけくその様にそんなことを怒鳴どなったりした。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
父は「何だそんな朱塗しゅぬりの文鎮ぶんちん見たいなもの。らないから早くそっちへ持って行け」と怒った昔を思い出した。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
舶載はくさいのエレキテルだの、そうかと思うと、薬をきざ薬研やげんが見えるし、机の上には下手へた蘭字らんじが書きかけてあり、異人墓の石のかけらがその文鎮ぶんちんになっている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暫くあって、むっくと頭を上げて、すずりを引寄せ、紙を重ねて文鎮ぶんちんを置き、それから硯箱の中から細筆を選んで手に取り上げたのが、いつもとは少し変っています。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「いや文鎮ぶんちんを忘れてまいったな、いかん、いかん、それはわしがする、こちらに来て墨を磨りななさい」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
塀際へいぎはにゐた岡田は、宇津木の最期さいごを見届けるやいなや、塀に沿うて東照宮とうせうぐう境内けいだいへ抜ける非常口に駆け附けた。そして錠前ぢやうまへ文鎮ぶんちんけて、こつそり大塩の屋敷を出た。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
まさかソンナ大きな文鎮ぶんちんが在ろうとは思わないからねえ。一直線の重たい、手頃の金属板……文鎮……製図屋と直ぐに思い付く程、頭のいい奴は実際にはナカナカ居ないものなんだ。
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
銅印どういんが一つ、石印せきいんふたつ、ペン皿に代へた竹の茶箕ちやき、その中の万年筆、それからぎよく文鎮ぶんちんを置いた一綴りの原稿用紙——机の上にはこのほか老眼鏡ろうがんきやうが載せてある事も珍しくない。
漱石山房の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
長崎渡りの七宝焼しっぽうやき水入みずいれ焼付やきつけの絵模様に遠洋未知の国の不思議を思わせ、赤銅色絵しゃくどういろえ文鎮ぶんちん象嵌細工ぞうがんざいく繊巧せんこうを誇れば、かたわらなる茄子形なすびがた硯石すずりいし紫檀したんふたおもてに刻んだ主人が自作の狂歌
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
自分の机に坐って、あて途もなくあるものに、手を触れて心をまぎらそうとしていた彼は、鉄の文鎮ぶんちんの下に、一本の封書を発見した。ハッと思って、一度目はほとんど意味も分らずに読んだ。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
僕はこの変な心持と共に、千代子の見ている前で、高木の脳天に重い文鎮ぶんちんを骨の底まで打ち込んだ夢を、大きな眼をきながら見て、驚ろいて立ち上った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
岡田は草稿をふところぢ込んで、机の所へ小鼠こねずみのやうに走り戻つて、鉄の文鎮ぶんちんを手に持つた。そして跣足はだしで庭に飛び下りて、植込うゑごみの中をくゞつて、へいにぴつたり身を寄せた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
パイクソンは、そこに落ちていた文鎮ぶんちんをにぎって、怪物の頭をいやというほどなぐった。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
銅印どういんが一つ、石印せきいんふたつ、ペン皿に代へた竹の茶箕ちやき、その中の万年筆、それからぎよく文鎮ぶんちんを置いた一綴ひとつづりの原稿用紙——机の上にはこのほか老眼鏡らうがんきやうが載せてある事も珍しくない。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
文鎮ぶんちん代りになったりして、そののちずっと私の勉強机の上に、置かれてありました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ふと、風に舞いかける描きかけの彫金下絵ちょうきんしたえへ、文鎮ぶんちんいて、元成は声を沈めた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分の手文庫の中に文鎮ぶんちん同様にして置捨てにしてあった数珠を、何かのハズミで、手首にかけて、今持って出ていたのだということを、数珠が走り出したので、はじめて気がつきました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まくらに聞いたそれらしい響は雨だれのといからあふれ落ちるのであったのかも知れぬ。わたしは最後に先考せんこうの書斎になっていた離れの一間ひとまの杉戸を開けて見た。紫檀したん唐机とうづくえ水晶の文鎮ぶんちん青銅の花瓶黒檀の書架。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
井深は一箇月ほど前に十五銭で鉄瓶てつびんふただけを買って文鎮にした。この間の日曜には二十五銭で鉄のつばを買って、これまた文鎮ぶんちんにした。今日はもう少し大きい物を目懸めがけている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は持っていたニッケルの文鎮ぶんちんを、ヤッと天井と思われる方向めがけて、投げあげた。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この上にある端渓たんけいすずり蹲螭そんり文鎮ぶんちんひきの形をした銅の水差し、獅子しし牡丹ぼたんとを浮かせた青磁せいじ硯屏けんびょう、それかららんを刻んだ孟宗もうそう根竹ねたけの筆立て——そういう一切の文房具は、皆彼の創作の苦しみに
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ぎょく龍刻りゅうこく筆筒ふでたてと、獅子の文鎮ぶんちんとであった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
窓の外から塩田先生の頭蓋骨に用意の文鎮ぶんちんを発射したことが判明したのだった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこで世間話に時を移すと見せて、暗に目の前の人に飛びかかる機をうかがった。彼は机の上にあった重い文鎮ぶんちんを取って、突然これで人が殺せるだろうかと尋ねた。友はもとより彼の問をに受けなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その刑事が呼びだされて、それに違いないと答え、なお、あとで報告するつもりであったが園部の懐中から、こんなものを発見したといって、長さが五六寸もあるニッケルの文鎮ぶんちんを提出した。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
園部が文鎮ぶんちんを買ったことを指摘しているが、若しこれは園部が星尾を帰宅の途中で殺害するつもりで用意したものとすると、一体園部はどんなきっかけから星尾を殺す決心を急に起したのであるか。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)