投遣なげや)” の例文
岸辺の茶屋の、それならぬ、渚の松の舫船もやいぶね。——六蔵は投遣なげやりに振った笠を手許てもとに引いて、屈腰かがみごしに前を透かすと、つい目の前に船首みよしが見える。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蒲田は物をも言はずくだんの手形を二つに引裂き、遊佐も風早もこれはと見る間に、なほも引裂き引裂き、引捩ひきねぢりて間が目先に投遣なげやりたり。彼は騒げる色も無く
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
旦那様は奥様の御機嫌を取るようになすって、御小使帳が投遣なげやりでも、御出迎に出たり出なかったりでも、何時まで朝寝をなさろうとも、それで御小言も仰らず。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのほか一切いっさい投遣なげやりにして自由自在にして置くその有様は、犬猫の子を育てると変わることはない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
個人主義者の子孫たち……そのような投遣なげやりな傾向の日本の大衆が滔々とうとうとしてエロ、グロ、ナンセンスの芸術に走り、犯罪小説、もしくは探偵小説のスリルに没入して行った。
路傍の木乃伊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし私はてんてこ舞ひをしながらも、只管ひたすら失業地獄に呻吟する人達に思ひくらべて自分を督励し、反面では眼に立つ身体の衰弱を意識して半ば宿命に服するやうな投遣なげやりな気持で働いた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
葉桜の上に輝きそめた夕月の光がいかにも涼しい。なめらかな満潮の水は「お前どこ行く」と流行唄はやりうたにもあるようにいかにも投遣なげやったふうに心持よく流れている。宗匠は目をつぶってひとりで鼻唄をうたった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
清水から一坂上り口に、まき、漬ものおけ石臼いしうすなんどを投遣なげやりにした物置の破納屋やれなやが、炭焼小屋に見えるまで、あたりはしずかに、人の往来ゆききはまるでない。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
葉桜はざくらの上に輝きそめた夕月ゆふづきの光がいかにもすゞしい。なめらかな満潮の水は「お前どこく」と流行唄はやりうたにもあるやうにいかにも投遣なげやつたふう心持こゝろもちよく流れてゐる。宗匠そうしやうは目をつぶつてひとり鼻唄はなうたをうたつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
拡げたりし新聞を取りけるが、見る間もあらず投遣なげやりて仰向になりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
吹矢ふきやみちから公園へ入らないで、引返ひきかえしたので、……涼傘ひがさ投遣なげやりにかざしながら、そでを柔かに、手首をやゝ硬くして、彼処あすこで抜いた白金プラチナ鸚鵡おうむかんざし、其の翼を一寸ちょっとつまんで
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
吹矢のみちから公園へ入らないで、引返したので、……涼傘を投遣なげやりにかざしながら、袖を柔かに、手首をやや硬くして、あすこで抜いた白金プラチナ鸚鵡おうむかんざし、その翼をちょっとつまんで
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
誰言うとなく自然おのずと通じて、投遣なげやりな投放むすびばなしに、中を結んだ、べに浅葱あさぎの細い色さえ、床の間のかごに投込んだ、白い常夏とこなつの花とともに、ものは言わぬが談話はなしの席へ、ほのかおもかげに立っていた。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なにか、自分じぶん天守てんしゆ主人あるじから、手間賃てまちん前借まへがりをしてつて、かりかへ羽目はめを、投遣なげやりに怠惰なまけり、格合かくかうをりから、わかいものをあふつて、身代みがはりにはたらかせやうかもはかられぬ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
顔も体も水から上ったようにびッしょり汗になりながら、投遣なげやりにつッかかる。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
枕頭まくらもと行燈あんどんの影で、ええ、そのおんなが、二階廻しの手にも投遣なげやらないで、寝巻に着換えましたてまえ結城木綿ゆうきもめんか何か、ごつごつしたのを、絹物やわらかもののように優しく扱って、袖畳そでだたみにしていたのでございます。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)