息吹いぶ)” の例文
アンナ・セルゲーヴナの様子は見る眼もいじらしく、その身からは、しつけのいい純真な世慣れない女性の清らかさが息吹いぶいていた。
かつては、余りに神格化されすぎた大楠公だったし、近来の研究では、その人を人間として息吹いぶき返させる史料にも、じつに乏しい。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ローマの帝王的息吹いぶきが彼の上を吹き過ぎたのだった。彼が多少感染してる当時のパリー芸術と同様に、彼は秩序を追い求めていた。
目に触れるものすべては、恐怖の姿をしていた。暗夜の広大な風の息吹いぶきの下にあって、何物か身を震わさないものがあろうか!
あるいは、聖霊の息吹いぶきを受けて、つめたい花びらをいちまい胸の中に宿したような気持ち。日本も、けさから、ちがう日本になったのだ。
十二月八日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しばらくして、この傘を大開きに開く、鼻をうそぶき、息吹いぶきを放ち、毒を嘯いて、「取てもう、取て噛もう。」と躍りかかる。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ジャン・クリストフの死そのものは、律動の一瞬にすぎないし、永遠の大なる息吹いぶきの息のにすぎない……。
ことに心ひかれるのが東宝映画の争議だった。同じ文化のになである親近感は、生きて動いている人たちの息吹いぶきが熱く頬にかかってくるような思いがした。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
我々の息吹いぶきは潮風しおかぜのように、老儒ろうじゅの道さえもやわらげました。この国の土人に尋ねて御覧なさい。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
利彦氏の顔は見る見る汗と涙にまみれて、肩は大浪を打ち、息は嵐のように息吹いぶき初める。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
鳥の歌、小川のささやき、息吹いぶいている春の香り、やわらかい夏の官能、黄金色の秋の盛観、さわやかな緑の衣をつけた大地、爽快そうかい紺碧こんぺきの大空、そしてまた豪華な雲が群がる空。
いつしかに太い筋綱にり合わさって、いやいやが身ひとの身なんどは夢幻の池のにうかぶつかのまの泡沫うたかたにしか過ぎぬ、この怖ろしい乱壊転変らんえてんぺんすがたこそ何かしら新しいものの息吹いぶ
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
いつかしきアツシシ、マキリ持ち、研ぎ、あぐらゐ、よるなす眼のくぼのアイヌ、今は善し、オンコ削ると、息長おきなが息吹いぶき沈み、れ遊び、心足らふと、そのオンコ、たらりたらりと削りけるかも。
(新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そよ風かと思えば、そよ風でもない。さりとて、身震みぶるいでもなく、いわばそれは何かの息吹いぶきか、それとも誰かが近づいてくる気配とでも言うか、そんな感じであった。……わたしは視線を落した。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
そが息吹いぶきもてゆるやかに、我がささやかな寝台とこをあやした。
生の息吹いぶきを知らない者がうらやましい。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
(丸太小舍には息吹いぶく年の瀬。)
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
黒き煙を息吹いぶきつゝ
哀音 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
それから、団結的思想の力強い熱狂と戦争の息吹いぶきとを、民衆のうちに伝播でんぱしてる精神的伝染病に、自分も感染してるのが感ぜられた。
折から颷々ひょうひょうたる朔風さくふうの唸りが厳冬の闇をけ、空には白いものが魔の息吹いぶきみたいにちらつきだしていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その三千騎のしだいに高まる響きを、大速歩の馬の交互に均斉したひづめの音を、甲冑かっちゅうの鳴る音を、剣の響きを、そして一種の荒々しい大きな息吹いぶきの音を聞いていた。
いつしかに太い筋綱にり合はさつて、いやいやが身ひとの身なんどは夢幻の池のにうかぶつかのまの泡沫うたかたにしか過ぎぬ、この怖ろしい乱壊転変らんえてんぺんすがたこそ何かしら新しいものの息吹いぶ
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
鳥らの楽音、風神ふうしん息吹いぶきに揺られてゐた。
神と人息吹いぶきかよふ。
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
一本の樹木、山の上の一片の雲の影、牧場の息吹いぶき、星辰せいしんの群がってる騒々しい夜の空……それらを見ても血が湧きたった……。
ところが以後、宮の息吹いぶきどこにもなく、しかもいよいよ世は大乱のごうへ向ってつきすすんでいた。
あたかも無限がその息吹いぶきに無尽蔵であるがごとくにそれも力において無尽蔵であり、その帆には風を蔵し、広漠として窮まりなき波濤はとうのうちにも正確なる方向を失わず
神と人息吹いぶきかよふ。
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
暴風雨の前の静けさの最中に起る一陣の風のように、彼の上に吹きおろしてきたあの狂乱の息吹いぶきを、そこでまた見出しはすまいかと恐れた。
殿のうつし身のうちに息吹いぶき奉り、草葉の蔭よりの御奉公も決してかなはぬ事とは存じ申さず……
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平野のうちには、霰弾さんだんのために折られた樹木の枝がただ皮だけでぶら下がっていて、夜風に静かにゆらめいていた。微風が、ほとんど一つの息吹いぶきが、灌木かんぼくの茂みをそよがしていた。
息長おきなが息吹いぶき沈み
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それはただ織り出す喜びのためにばかりであって、自分がどこに運ばれてゆくかは、風のままに、神の息吹いぶきのままに、うち任せたのだった。
大塔ノ宮や楠木の息吹いぶきが、海をこえて、中国の宮方を駆り、中国山脈のどこかに、後醍醐をお待ちして一戦をとげ、帝を奪い去るぐらいな計は、当然、ありうることだ。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幼い情熱は、あたかも発作の熱のように、消散してしまった。墳墓の冷やかな息吹いぶきが、すべてを吹き去ってしまった。
まだそこらの草の穂にも生き生きと息吹いぶいているように眺められた。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
クリストフはそういう神秘な争闘の息吹いぶきを呼吸した。そして、フランスが強硬な誠実さをうち込んでるその熱狂的信念の偉大さを、了解し始めた。
ただときどき、外部の大きな風が、うず巻きながら吹きおろしてきて、夢想してる若い娘に遠い畑地と広い土地との息吹いぶきをもたらしてくるのだった。
満足のみを浮かべて虚無の息吹いぶきに身を任せる柔懦じゅうだな思想が、日に日に積もってゆくのを見て、われわれとともにいかに多くの者が苦しんだか……。
彼らと同じように逃げ出してる太陽、それから、乳のような白い息吹いぶきの薄靄うすもやに包まれてそよいでる牧場、また、村の小さな鐘楼や、ちらちら見える小川や
悲惨の荒々しい息吹いぶきを、かせぎ出すパンや掘り返す土地のにおいを、自分の顔に感じてるものか。人間や物事を、理解し得てるものか、眼にだけでも見てるものか。
ただ、昆虫こんちゅうや青虫など、たえず森をかじって破壊する無数の生物の、神秘な蠢動しゅんどうの音が聞えるばかりだった——決してやむことのない規則正しい死の息吹いぶきである。
人は若いおりには、自分が人類の大運動にたずさわっており、世の中を一新している、という幻をいだきたがる。世界のあらゆる息吹いぶきに打ち震える官能をもっている。
数多あまたの悲しみと数多の歓び!——そして、室の奥からでも、その鐘の音を聞いていると、軽い空気の中を流れゆく美しい音波や、自由な鳥や、風の温かい息吹いぶきなどが
一人でじっと室に閉じこもっていると、獰猛どうもうな眼をしたスフィンクスのつめに引っつかまれ、その死骸しがい息吹いぶきとともに、眼がくらむような問いを真正面に吹きかけられた。
彼は書物の神聖な意味を気にとめはしなかった。しかし、その中で呼吸される粗野な自然と原始的な個人との息吹いぶきによって、それはやはり彼にとって神聖な書物だった。
故国と愛する人々との息吹いぶきを最後にもたらしてきた使者の田舎いなか娘を、彼はじっと見送った。
クリストフは古い書物から立ちのぼる苛辣からつ息吹いぶきに、元気づけられた。シナイの風が、寂寞せきばくたる曠野こうやと力強い海との風が、瘴癘しょうれいの気を吹き払った。クリストフの熱はとれた。
真実よ、汝を所有してる人々の上に、汝の強健さの魔法の息吹いぶきを広げる、汝真実よ!……
イタリーの土地の息吹いぶきに含まれていて、なま温かい南東風の陰険な毒のように、人の血管の中にしみ込んで意志を眠らせる、この倦怠けんたいの力を、彼女は彼よりもよく知っていた。