恋々れんれん)” の例文
旧字:戀々
名利みょうり恋々れんれんたるのではないが、彼も一族の族長だ。乱世らんせ権化ごんげみたいな熱血そのもののやからも多くかかえている。弟正季まさすえがしかりである。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二千年の昔から不意に呼び出された影の、恋々れんれんと遠のくあとを追うて、小野さんの心は杳窕ようちょうの境にいざなわれて、二千年のかなたに引き寄せらるる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし——今はそんなことに恋々れんれんとしている場合ではない。俺は昨夜ゆうべもう少しで常子の横腹をるところだった。……
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかのみならず今日にいたりては、その御広間もすでに湯屋ゆやたきぎとなり、御記録も紙屑屋かみくずやの手に渡りたるその後において、なお何物に恋々れんれんすべきや。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼女は恋々れんれんの情にたまらなくなっていた。しかし彼は彼女を軽蔑けいべつしていた。彼がその家の前を通ると、彼女は窓掛の後ろに隠れて彼が通るのを眺めた。
当時全盛に全盛を極めたる重井の虚名に恋々れんれんして、つい良人りょうじんたり恩人たる岡崎氏を棄て、心強くも東京にはしりて重井と交際し、果はその愛をぬすみ得たりしなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
政吉 (恋々れんれんとして話をしたがる)つかぬことを伺いますが、お前さん、こっちには、何か縁故があっておいでなすったか。ここは江戸とは不通ふつう同然の山の中だが。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
亀井かめい片岡かたおか鷲尾わしのお、四天王の松は、畑中はたなかあぜ四処よところに、雲をよろい、繇糸ゆるぎいとの風を浴びつつ、あるものは粛々しゅくしゅくとして衣河ころもがわに枝をそびやかし、あるものは恋々れんれんとして、高館たかだちこずえを伏せたのが
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分の心象を綴るに恋々れんれんとしている私の心をもう押えることは止めにしましょう。低徊ていかい逡巡しゅんじゅんする筆先はかえって私の真相をお伝えするでしょう。調ととのわぬ行文はそのまま調わぬ私の心の有様です。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
それでもまだお前は、傍観者の地位に恋々れんれんとして離れられないのか。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
夢みる大きい白鳥は、大変恋々れんれんしてゐます
紛々ふんぷんをかもし、スガ目の忠盛にあきたらぬこと年久しく——しかもなお虚栄に富んで女の晩春に恋々れんれんたる彼の母は、四人の子をのこして他家へ去る。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恋々れんれんたるわれを、つれなく見捨て去る当時そのかみに未練があればあるほど、人も犬も草も木もめちゃくちゃである。孤堂先生は胡麻塩ごましおまじりのひげをぐいと引いた
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかも僕はルノアルに恋々れんれんの情を持つてゐるやうに文芸上の作品にも優美なものを愛してゐる。「エピキユウルの園」を歩いたものは容易にその魅力を忘れることは出来ない。
た当年の苦艱くかんかえりみる者なく、そが細君すらもことごとく虚名虚位に恋々れんれんして、昔年せきねん唱えたりし主義も本領も失い果し、一念その身の栄耀えいよう汲々きゅうきゅうとして借金賄賂わいろこれ本職たるの有様となりたれば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
さすれば、それがしの御主君信長が、お市さまを救い出したいばかりに、恋々れんれん、この小城ひとつをおとしかねているのも、愚かしい沙汰とはわらえますまい。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
過去をかえりみる人は半白はんぱくの老人である。少壮の人に顧みるべき過去はないはずである。前途にだいなる希望を抱くものは過去を顧みて恋々れんれんたる必要がないのである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こういう諸将の論や諫言かんげんの出る軍議の席では、信長も、お市の方のことなどを、恋々れんれんと口には出せなかった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
抜けでんとして逡巡ためらい、逡巡いては抜け出でんとし、ては魂と云う個体を、もぎどうにたもちかねて、氤氳いんうんたる瞑氛めいふんが散るともなしに四肢五体に纏綿てんめんして、依々いいたり恋々れんれんたる心持ちである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
恋々れんれんたる離別は龍顔りゅうがんをかきくもらせてはいたが、ふと、幾多の唐土とうどと帝王の例などもお胸をかすめたことであろう。国と女——その比重へこたえるような語気であった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大事なお使いの途中にありながら、いつまでも恋々れんれんと女子供などと別離をかなしんでおるか。よいかげんにしてはや立て。いまから急げば明るいうちに飾磨しかまの浜から船に乗れよう。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、深く考えてみれば、恋々れんれんと泣き濡れているだけが愛情でもない。おそらく、この林冲がいなくなれば、こう御曹司が、そなたの身や、おしゅうとの上に、またあらゆる毒手を加えてくるだろう。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
使者を送って、なお恋々れんれん、和を講じようなどとは。——ああ、弓矢とる身もいやになる。道義のすたりだ。いずれはこれ、なるべく現状にありたい重臣たちが、おやかたの御決意をにぶらせたものだろう。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とか、いつまでも、恋々れんれんとこだわって、気にかかる顔をしていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしなお恋々れんれんとその素朴そぼくなうしろ姿へ向けて
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)