急湍きゅうたん)” の例文
すうつ・けいすの急湍きゅうたんが、かあき色ひざきりずぼんの大行列が、パス・ポートが、旅人用手形帳トラヴェラアス・チェッキが、もう一度、せいろんへ、せいろんへ
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
この音楽会の時もまた、その勇ましい魂の熱火がクリストフを焼いた。彼は炎の急湍きゅうたんに巻き込まれた。その他はすべて消え去った。
電光や雪崩なだれや暴風や急湍きゅうたんが仕残した仕事を氷河が完成した。ただ一つの岩橋を残して暗道の胴中をすっかり持って行ってしまったのである。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その先になると速度が非常に緩やかにほとんど流れていないのかと思うほどによどんでいるところがあり、そこを過ぎるとまたぞろ急湍きゅうたんの速さとなる。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
国道を流れる車輪の急湍きゅうたんに加わってこうしていまエプソム町近郊の競馬場へ馳せ参じたわけだが、BEHOLD!
権利が解放さるる前に、騒擾そうじょう泡沫ほうまつとがある。大河の初めは急湍きゅうたんであるごとく、反乱の初めは暴動である。そして普通は革命の大洋に到達するものである。
船が、急湍きゅうたんのような、烈しい潮流に乗って、目まぐるしいはやさで、一方向に急進しはじめたからだ。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
ことに清冽せいれつ豊富なるヨルダン川の水源でありまして、たきありふちあり、急湍きゅうたんあり洞窟どうくつあり、大瀑のひびきによりて淵々呼びこたえ、波は波を乗り越えてゆく壮観を呈しました。
そのたにでて蜿蜿えんえんと平原を流るゝ時は竜蛇りゅうだの如き相貌そうぼうとなり、急湍きゅうたん激流に怒号する時は牡牛おうしの如き形相を呈し……まだいろ/\な例へや面白い比喩ひゆが書いてあるけれど……
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
音楽はやがて急湍きゅうたんのように迫り、二つの音調は急流のように争いつつ、いつしか渾一に融合するうちに、いつともしれず大鼓おおかわの海鳴りの音が新しい根拠をもって轟いて来た。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
馬は、尾とたてがみとを、長く風になびかせながら、ひづめに火花を散らして、まっしぐらに狂奔する。一町二町月明かりの小路は、太郎の足の下で、急湍きゅうたんのように後ろへ流れた。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
久助は片手にひっかけ鉤をつけた釣竿を持ち、片手に覗眼鏡のぞきめがねを動かしては、急湍きゅうたんをすかせながら腰までかして川をわたった。こうやって釣った鮎は毎日の客の膳に上るのだった。
忠僕 (新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
あるいは急湍きゅうたんをなしあるいは深きふちを作りつつも、それは常に力強く流れてゆく。「ジャン・クリストフ」十巻は一つの河流として、作者ロマン・ローランの脳裡のうりに映じていた。
趣味の何物たるをも心得ぬ下司下郎げすげろうの、わがいやしき心根に比較していやしむに至っては許しがたい。昔し巌頭がんとうぎんのこして、五十丈の飛瀑ひばくを直下して急湍きゅうたんおもむいた青年がある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その一所が急湍きゅうたんのように、物すさまじく渦巻いたが、悲鳴と喚き声と刃音とが、周囲の雑音を貫いて、ひときわ高くとどろくや、バタバタと倒れる人の姿が見え、つづいて一組の人間が
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雪の絶えないヌタクカムウシュペのすそを西に折れ、山峡の低みをかけおりた水は、急湍きゅうたんとなって川上の浸蝕谷しんしょくこくをよぎる。やがて盆地の水々を集めて西の壁である中央山脈につき当った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
きいているのは岩鼻をかむ急湍きゅうたんのような恐ろしいどもりだ。女は聞き耳を立てた。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
荒砥あらとのような急湍きゅうたんも透徹して、水底の石は眼玉のようなのもあり、松脂やにかたまったのも沈み、琺瑯ほうろう質に光るのもある、蝶は、水を見ないで石のみを見た、石を見ないで黄羽の美しい我影を見た
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
九州でクマ(隈)といったのもこれに当り、あるいはまた福良ふくらと称するのも小川内であって、そのいわゆる盆地の上下をくくるところの急湍きゅうたんの地が、ツル(津留)であろうということはかつて述べた。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
急湍きゅうたんは叫喚し怒号し、白く沸々と煮えたぎって跳奔している始末なので、よほどの大声でなければ、何を言っても聞えないのです。私は、よほどの大声で、「毎日たいへんですね!」と絶叫しました。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
ここで再び蕭々しょうしょうたる急湍きゅうたんにかかる。観音の瀬である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
存在の制限を破壊していた。空を、宇宙を、虚無を、満たしていた。世界は神のうちに、急湍きゅうたんのようにおどりたっていた。
浮かれ人を花に送る京の汽車は嵯峨さがより二条にじょうに引き返す。引き返さぬは山を貫いて丹波たんばへ抜ける。二人は丹波行の切符を買って、亀岡かめおかに降りた。保津川ほづがわ急湍きゅうたんはこの駅よりくだおきてである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
つらい生活のさ中のオーシス、そして——事物や人々を金色の反映で染める霊妙な光輝——力と苦悩と愛との急湍きゅうたんたる、ゲーテやシルレルやシェークスピアなど
音楽会は、歴史の授業か教化の実例かのようであった。進んだ思想も官学風になされていた。急湍きゅうたんのごときバッハも、この聖教徒らの中に迎えられると賢明になっていた。
破廉恥な修辞法といやしい写実主義とを軽蔑けいべつして、魂の中心に立てこもり、形態と思想との世界が、あたかも湖水に落ちる急湍きゅうたんのように吸い込まれて、内的生活の色に染められる
しなってる枝々はその喜びの腕を、光り輝く空のほうへ差し伸ばしていた。急湍きゅうたんは笑ってる鐘のように響いていた。昨日は墳墓の中にあったその同じ景色が、今はよみがえっていた。
自分のキリスト教徒の旅人の歌のある節から今発している悪魔的な傲慢ごうまん心や、自分の夏の歌の平和な流れを急湍きゅうたんのようにみなぎらしてる異教的悦楽の情に、身震いをしたことであろう。
彼はそういう音楽を聞くや否や、他人と同じく、他人よりももっとはなはだしく、音の急湍きゅうたんとそれを繰り出す作者の悪魔的意志とにとらえられた。彼は笑った、うち震えた、ほおほてらした。
日に一、二時間しか自由を得なかったので、彼の力はあたかも岩の間の急湍きゅうたんのように、それへ飛びかかっていった。厳密な範囲内に努力を集中することは、芸術にとってはいい規律である。
彼ははっと飛びのいて、こんどは太い急湍きゅうたんの中に、前から知っていたゾラのどろ深い浪漫主義ロマンチズムの中に、落ち込んでいった。それから出たかと思うと、文学の大氾濫はんらんの中にすっかりおぼれてしまった。
ただ急湍きゅうたんの悲しい音楽が——岩を浸触しんしょくしてる水が——大地の喪鐘を鳴らしていた。クリストフは熱が出て寝床にはいった。隣の小屋では、彼と同じように不安を覚えてる家畜が動き回っていた……。
一方は、どろ立った急湍きゅうたんであって、……末期イタリー趣味と新マイエルベール式との匂いがあり、感情の醜悪な塵芥じんかいがそのあわの下に流れている……。嫌悪けんおすべき傑作だ。イゾルデの生み出したサロメだ。