引手ひきて)” の例文
まことにお恥かしいことでございますが、その頃わたくしの家は吉原の廓内くるわうちにありまして、引手ひきて茶屋を商売にいたしておりました。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
或時頼んで遣ったら、そこの引手ひきてが三人の女を連れて来て、「どれでもお好きなのをお使い下さい」といったのにはあきれました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
正面のふすまは暗くなった、破れた引手ひきてに、襖紙のけたのが、ばさりと動いた。お君はかたくなって真直に、そなたを見向いて、またたきもせぬのである。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ウサギの前足が一つ、ひもにゆわえつけられてさがっていました。これがいまの皇帝宮の、呼びりんの引手ひきてなのです。
八五郎も板戸に手を掛けましたが、これは思いのほか厳重で、引手ひきてさんもなく、力のほどこしようもありません。
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
去年こぞ見てし秋の月夜は照らせども相見しいもはいや年さかる」(巻二・二一一)、「衾道ふすまぢ引手ひきての山に妹を置きて山路をゆけば生けりともなし」(同・二一二)がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
一幅ごとに残っている開閉あけたて手摺てずれあとと、引手ひきての取れた部分の白い型を、父は自分に指し示した。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
火鉢ばかりの店もあればかなだらいや手水鉢ちょうずばちが主な店もあり、ふすま引手ひきてやその他細かいものの上等品ばかりの店もあり、笹屋という刃物ばかりのとても大きな問屋もあった。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
讓は何時いつの間にか土間どまへ立っていた。背の高い蝋細工ろうざいくの人形のような顔をした、黒い数多たくさんある髪を束髪そくはつにした凄いようにきれいな女が、障子しょうじ引手ひきてもたれるようにして立っていた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
不夜城のにぎわしさ! 明るさ! 引手ひきて茶屋に着くと、いつか、先乗りが触れ込んでいたと見えて、芸者、太鼓持が、かごを下りる姿を見かけて、ずらりと顔を揃えて迎える。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
良雄のうしろの障子に、影法師が一つ映らなかったなら、そうして、その影法師が、障子の引手ひきてへ手をかけると共に消えて、その代りに、早水藤左衛門の逞しい姿が、座敷の中へはいって来なかったなら
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そういいながら、おせんのふるえるふすま引手ひきておさえた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
うちしめ石油色せきゆいろ陰影いんえいうちうすひかぎん引手ひきてのそばに
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
吉原引手ひきて茶屋山口巴。
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
八五郎も板戸に手を掛けましたが、これは思ひの外嚴重で、引手ひきてさんもなく、力のほどこしやうもありません。
銭形平次捕物控:282 密室 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
例の通り紅葉もみじ引手ひきてに張り込んだ障子しょうじが、閑静にしまっているだけなのを、敬太郎は少し案外にかつ物足らずながめていたが、やがて沓脱くつぬぎの上に脱ぎ捨てた下駄げたに気をつけた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぴつたりめたふすままい……臺所だいどころつゞくだゞつぴろ板敷いたじきとのへだてる……出入口ではひりぐちひらきがあつて、むしや/\といはらんゑがいたが、年數ねんすうさんするにへず、で深山みやまいろくすぼつた、引手ひきてわき
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ぴったり閉めた襖一枚……台所へ続くだだっ広い板敷とのへだてになる……出入口ではいりぐちひらきがあって、むしゃむしゃといわの根に蘭を描いたが、年数さんするにえず、で深山みやまの色にくすぼった、引手ひきてわき
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
引手ひきて馬方うまかたもない畜生ちくしやうが、あの大地震おほぢしんにもちゞまない、ながつらして、のそり/\と、大八車だいはちぐるまのしたゝかなやつを、たそがれのへい片暗夜かたやみに、ひともなげにいてしてる。重荷おもにづけとはこのことだ。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)