さと)” の例文
さとれた吾妻下駄あずまげた、かろころ左褄ひだりづまを取ったのを、そのままぞろりと青畳に敷いて、起居たちい蹴出けだしの水色縮緬ちりめん。伊達巻で素足という芸者家の女房おんなあるじ
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いや、狂人ならとにかく、正気を持ちながら、毎日、さとや盛り場で、喧嘩をしては、狂人ほど人間を斬る奴。町方も、ちと持てあましておる男で」
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
用心棒に買い占めなはって、三日にあげずこのさとをわがもの顔に荒し廻っていやはりますさかい、誰もかれも、みなえらい迷惑しているのでござります
「いや艶めかしいさと言葉と白無垢鉄火の強白こわせりふ交替かたみがわりに使われちゃどうにも俺ら手が出ねえ。一体おめえは何者だね?」
村井長庵記名の傘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あの細君が時々さと言葉か何か使ひ乍らも大いに世話女房がられると、十風は又十風で、あまり男振りはえゝ方では無いが、併しあれで却〻意氣でやすてい。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
このうわさが程遠からぬ吉原のさとへ響くと、吉原の有志は、どう考えたものか、ぜひ道をげて、その一隊に吉原へ繰込んでいただきたいという交渉であります。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
迷信のつよいさとの女は身の毛がよだって早々に帰って来た。しかし綾衣にむかって正直に天機を洩らすのをはばかって、今度の病気だけのうらないを報告しておいた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかもそうした堅気かたぎの士族出が、社会の最暗黒面であるさと近くに住居して、場末の下層級の者や、流れ寄った諸国の喰詰くいつめものや、そうでなくてもやみの女の生血いきちから絞りとる
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お客へは出ないという書附を伊之助と取合った仲でございます事がぱッと致しますと、芸妓げいしゃ幇間たいこ仕着しきせも出さなければならず、総羽織そうばおりを出すと云うので、さとの金には詰るが習い
障子の外から、まださと言葉をそのまゝの、お菊の声が聞えた。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
このさと燈火ともしびあかし草臥れて雪どけの道を行けばひもじき
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
茲に又駿府すんぷ加番衆かばんしゆ松平玄蕃頭殿の家來けらいに石川安五郎と云ふ若侍士わかざむらひありしが駿府二丁目の小松屋のかゝへ遊女白妙しろたへもとへ通ひ互ひに深くなるに付さとの金にはつまるの習ひ後には揚代金あげだいきんとゞこほり娼妓しやうぎ櫛笄くしかうがひ衣類いるゐまでもなくしての立引に毎晩まいばん通ひ居たりしが早晩いつしか二階を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
喧嘩や斬合いは、このさとの年中行事。別に珍らしいほどでもないが、夜と違って朝ッぱらの血まみれ騒ぎ、真っ黒になってワラワラと駈け集まった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分も初めてこのさとへ身を沈めた当座は、意地の悪い朋輩にいじめられて、蔭で泣いたこともたびたびあった。いっそ死んでしまいたいように思ったこともあった。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さとの名物を失ったといって、嘆息しない者はなかったが、名物といえば江戸名物の紅白縮緬組もそれ以来パッタリ市中へ出ないようになって、次第に噂も消えて行った。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
故あってこのさとに身を沈めましたので、そのよしみを辿ってお杉の方様が、手前にあのようなにせの手紙を遣わしまして、まんまとこのような淫らがましいところへいざない運び
かえってこのさとにいるよりは勝手であるとの事情が唯一の理由となっているようです。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのさと権者きれものが日影者になったのだから、吉原の動揺は一通りではなかったろう。
このやといにさえ、弦光法師は配慮した。……俥賃には足りなくても、安肉四半斤……二十匁以上、三十匁以内だけの料はある。竹の皮包を土産らしく提げて帰れば、さとから空腹すきばらだ、とは思うまい。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「もう、心配おしでない。吉野様がお声をかけて下さりさえすれば、このさとで通らぬことはないのだから」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まださとなれないお前が不憫ふびんさに、暇さえあればここへ来て、及ばぬながら力にもなってやったが、侍は御奉公が大切、お供にはずれていつまでもここに逗留は思いも寄らぬことだ。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
兵馬はこのさとへ出入りするごとに、往来の人の姿に注意を払っていないことはない。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「何んだ打ち込んだ。いいせりふだ。島原仕込みのさと言葉、滅法仇っぽく聞こえるなあ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
河岸は不漁しけで、香のあるたいなんざ、さとまでは廻らぬから、次第々々にひまにはなる、融通は利かず、寒くはなる、また暑くはなる、年紀としは取る、手拭は染めねばならず、夜具の皮は買わねばならず
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さとから根びきした後も、色恋はべつとして、あの女にはずいぶん金をかけていたようだから、腹の立つのはもっともだが、誰にも、ひょッと気まぐれというやつはあるもの。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さとの金にはつまるが慣い! こんな格言が世にはあるが、案外あたっていない。遊びの金というものは、容易に詰まるものではない。どうぞして女と逢いたいものだ! が、残念金がない。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
隱さうとしてもさとの訛りがつい出てならぬ。堪忍してくださんせ。
箕輪の心中 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
文字どおり緑林の一点紅てんこう、噂によれば、さとから根びきした金の出しは日本左衛門だということですが、元々どっちも変り者、どうせ世間通例のおめかけでお粂が納まっているはずもなく
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しょう様とは、大高源吾、たんすい様とは村松三太夫、すけ様とは富森助右衛門とみのもりすけえもん、しげ様とは、即ちかくいう十内、又、伜幸右衛門は、ほぼたん様と呼ばれての、なかなか、さとではおんなにもておる
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
欲には目もないのがさとならわし。わけてここのご内緒ときては、強欲の名が高い。おかみはさっそく、李師々をよんで、燕青にひきあわせ、李師々はまた、品よくおかみのはなしを聞き終って
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あだめいた女がさす櫛とさえいえば、油艶あぶらづや生地きじをめでる黄楊つげと相場がきまっていますが、お粂がまださとの芸者でいた前身の頃、櫛に血色のりをかけて、それをくるわ流行はやらせたことがあります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十内とか、幸右衛門とか、野暮やぼな名は、さとでは呼ばぬ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「遊廓というと……遊女のいるさとのことですか」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さとの年月はいとど流れが早い。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)