天稟てんぴん)” の例文
彼が死に到るまで、その父母に対してはもとより、その兄妹に対して、きくすべき友愛の深情をたたえたるは、ひとりその天稟てんぴんのみにあらず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「その程度なら、君、語学を専攻するだけの天稟てんぴんがある」と、先生は梵語の手並をためした上で、こんな思いきったお世辞を言う。
勉強記 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
これを天稟てんぴんと思はないわけにいかない。どうかするとわたしは作者が贈答の句なぞに突き當つて、あまりの輕さにまごつくこともある。
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
されば始めは格別将来の目算もなくただ好きにまかせて一生懸命けんめいに技をみがいたのであろうが天稟てんぴんの才能に熱心が拍車はくしゃをかけたので
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その間になんら両性を隔つる屏障へいしょうが存在しておらず、男女両性をして、共に天稟てんぴんの智能を遺憾なく教育せしむることとなっている。
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
彼女はかなり怜悧れいりで、たといクリストフの真の独創の才を見分けることはできなかったにしろ、その稀有けう天稟てんぴんを感ずることができた。
大した智慧のある男ではありませんが、眼と耳の良いことはガラツ八の天稟てんぴんで、平次の爲には、これ程あつらへ向のワキ役はなかつたのでした。
「それは、現在では、水かけ論だ。範宴が、果たしてそういう天稟てんぴんの質であったか否かは、彼の成長を見た上でなければ決定ができない」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもそが天稟てんぴんの傾向たる写生の精神に至つては終始変ずる事なく、老年に及びてその観察はいよいよ鋭敏にその意気はいよいよ旺盛おうせいとなり
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その天稟てんぴんの能力なるものは、あたかも土の中に埋れる種の如く、早晩いつか萌芽をいだすの性質は天然自然に備えたるものなり。
家庭習慣の教えを論ず (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
天稟てんぴんの正直と温和で謙遜けんそん冷静れいせいな点において、なんぴとからも尊敬せられ、とくに富士男とは親しいあいだがらである。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
天稟てんぴんにうけえた一種の福を持つ人であるから、あきないをするときいただけでも不用なことだと思うに、相場の勝負を争うことなどはさえぎってお止めする。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
私は鳴尾君におしゃれの天稟てんぴんのあるのを察知した。恐らく年頃の娘さんはこういう可愛い牧師さんから祝福を授けてもらいたくなるのではなかろうか。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
もちろん天稟てんぴんの素質もあったに相違ないが、また一方数奇の体験による試練の効によることは疑いもない事である。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一、第二期は天稟てんぴんの文才ある者能く業余を以てこれを為すべし。第三期は文学専門の人に非ざれば入ること能はず。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
もし彼に独自の道を切り開いて行く天稟てんぴんがないのなら、どうか正直な勤勉な凡人として一生を終わってくれ。もうこの苦しみはおれ一人だけでたくさんだ
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
どうしたか聞いても見なかったが、——そうさ、まあ天稟てんぴんの奇人だろう、その代り考も何もない全く金魚麩だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この子の巴里を迎い入れる天稟てんぴんも私の好尚の第一意義に合致するのはうれしくもないことだった。
オペラの辻 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかるに専門家中には、その専門に熱中ねっちゅうし、他の天稟てんぴんの力を発達せしめない者がたくさんある。そのおこたりたる力をもって測れば遠くノルムに及ばぬ者も間々ままある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
姉上、私は彼女の美をたたえることあまりにも長きに失するように思われますが、しかし彼女はただに美しいばかりではなく、また聡明そのもののような天稟てんぴんでした。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
すなわち自分のサークルの中で新しいことばを発する天稟てんぴんなり、才能なりを持っている人々なのです。
それに天稟てんぴんともいうべき筒井の言葉づかいの高雅なことは、高い官についた人の次女であることをおもわせ、卑賤ひせんのそだちである彼に勿体もったいないくらいのものであった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
娘の時代に仕込み入れた人間としての教養と、天稟てんぴんのしとやかな寂しいうちに包んだ凛然りんぜんたる気象は、彼女をただのくだらない肉欲の犠牲者とのみはしておかなかった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
高邁こうまいノ精神ヲ喚起シ兄ガ天稟てんぴんノ才能ヲ完成スルハ君ガ天ト人トヨリ賦与サレタル天職ナルヲ自覚サレヨ。いたずラニ夢ニ悲泣スルなかレ。努メテ厳粛ナル五十枚ヲ完成サレヨ。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
こゝに於て花魁の何うも……実に取敢とりあえず即答の御返歌になるてえのは、大概の歌詠うたよみでも出来んことでございますのに、花魁は歌嚢うたぶくろ俳諧嚢何んでも天稟てんぴん備わった佳人かじんなんで
解剖した屍體をもとの如く縫合はせる手際と謂ツたら眞個まつたく天稟てんぴんで、誰にも眞似の出來ぬ業である。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
其ばかりか家持は、歌人として時代を劃するだけの天稟てんぴんを備へてゐた人であるのだ。黒人の開発した心境は、家持が此を伝へて、正しく展開させて、後継者に手渡して居る。
何が何やらわからないという、はなはだ技術的に飛躍した天稟てんぴん天才を持ち、そのほか、百貨店マガザンの美しい売子の前で、しばしば故意にコン吉に恥辱を与えるとか、日常の買物は
天稟てんぴんの感受性を備えて居て、それが累代の長い間に多くの高尚な芸術上の作品となって発露したり、又近年に及んでは、幾度か情深い奥床しい慈善事業となって現れたりした事や
『そうしたことは天稟てんぴんだ』と、ある芸術家の感化のもとにいる善人たちはそう言う。
天稟てんぴんの美しい情緒を花袋はもっている。それを禅に参ずる居士こじが懐くような自負心でおおうている。実際のところ、かれの情緒はその自負心によって人生の煩累から護られていたのである。
故に人の干渉をたのみ人の束縛を受るの人民は、なほ窖養こうようの花、盆栽の樹のその天性の香色を放ち、その天稟てんぴん十分の枝葉を繁茂暢達ちょうたつせしむること能はずして、にわかにこれを見れば美なるが如きも
多計代は、芸術的な才能とか天稟てんぴんとかいうものにたいしてひどく架空な考えをもっていた。自分が日本画の稽古をはじめたときも、しばらくすると師匠が平凡すぎるといって、中絶してしまった。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私は、その数年前から彼の弟の秀人と親しくしていたが、秀人は文学者としても卓越した才能の持主であるとともに、洋画家としても、詩人としても、稀に見る天稟てんぴんの資質にめぐまれた大男だった。
兄が東京へ伴って教育したのであるから、学問のことは勿論、行儀作法から女の芸事にかけては、何一つ欠くるところがないまでに育て、そしてしつけたのである。そして天稟てんぴんの麗質の持ち主であった。
猿ヶ京 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その天稟てんぴんの性質を失って、意気地ない者と成りおわったのである。
アントオニオ 誰か能く彼の天稟てんぴんに参通し得る者ぞ。
われわれの天稟てんぴんの精神が自己を肯定するのは、他を否定したり破壊したりすることによってではなく、他を吸収することによってである。
全くガラッ八は、少し調子ッ外れですが、耳の早いことは天稟てんぴんで、四里四方のニュースは、一番先に嗅ぎ付けて来てくれます。
わしは、範宴の天稟てんぴんを愛す。わしは、範宴のすぐれた気質を愛す。見よ、彼は将来の法燈を、亡すか、興隆するか、いずれかの人間になろう。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誰も彼もこぞって美しからんと努めた揚句は、天稟てんぴんの体へ絵の具を注ぎ込む迄になった。芳烈な、或は絢爛な、線と色とが其の頃の人々の肌に躍った。
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
よくその子の性質を察して、これを教えこれを導き、人力の及ぶ所だけは心身の発生を助けて、その天稟てんぴんに備えたる働きの頂上に達せしめざるべからず。
教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
プロータスは女子が綺羅きらを飾るの性癖をもってその天稟てんぴんの醜をおおうの陋策ろうさくにもとづくものとせり。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
修業という事は、天才に到る方法ではなくて、若い頃の天稟てんぴんのものを、いつまでも持ち堪へる為にこそ、必要なのです。退歩しないというのは、これはよほどの努力です。
炎天汗談 (新字新仮名) / 太宰治(著)
勝れた天稟てんぴんを守るために富貴によってかしずかれている者はまだ幸福である。優秀な天稟を「貧乏」のうちに露出して生くる者こそこの世の最も不幸なる者というべきであろう。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
私は非凡な話術と雰囲気醸成の天稟てんぴんのあることは、いつぞや太宰さんが私に向って秘かに告白された事実に徴しても明らかなことである。太宰さんはその折かく云われたのである。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
の如き数へ尽さず、これらのじゅう必ずしも力を用ゐし者に非ずといへども、皆善く蕪村の特色を現して一句だに他人の作とまがふべくもあらず。天稟てんぴんとは言ひながら老熟の致す所ならん。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
今度も彼女は、自分の天稟てんぴんに我ながら満足しずにはいられなかった。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼は美食に事欠かぬのみならず、天稟てんぴんから、料理の秘奥を感取った。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
其老女たちすら、郎女の天稟てんぴんには、舌をきはじめて居た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)