-
トップ
>
-
可懷
>
-
なつかし
つい、あの、
通りがかりに
貸家札を
見ましたものですから、
誰方もおいでなさらないと
思ひますと、
何ですか
可懷くつて
すだき
鳴く
蛙の
聲と
知つて、
果敢ない
中にも
可懷さに、
不埒な
凡夫は、
名僧の
功力を
忘れて、
所謂、(
鳴かぬ
蛙)の
傳説を
思ひうかべもしなかつた。
其の
暗夜から、
風が
颯と
吹通す。……
初嵐……
可懷い
秋の
聲も、いまは
遠く
遙に
隅田川を
渡る
數萬の
靈の
叫喚である。……
蝋燭がじり/\とまた
滅入る。
折々の
空の
瑠璃色は、
玲瓏たる
影と
成りて、
玉章の
手函の
裡、
櫛笥の
奧、
紅猪口の
底にも
宿る。
龍膽の
色爽ならん。
黄菊、
白菊咲出でぬ。
可懷きは
嫁菜の
花の
籬に
細き
姿ぞかし。
若狹鰈——
大すきですが、
其が
附木のやうに
凍つて
居ます——
白子魚乾、
切干大根の
酢、
椀はまた
白子魚乾に、とろゝ
昆布の
吸もの——しかし、
何となく
可懷くつて
涙ぐまるゝやうでした
と
聲を
掛けた
一人があつた。……
可懷い
聲だ、と
見ると、
弴さんである。
と、
手酌で
引かけながら
叔父が
言つた——
古い
旅籠も
可懷い。……
可懷く
成る、
床しく
成る、
種痘が
痒く
成る。
此ですもの、
可懷さはどんなでせう。