冥々めいめい)” の例文
または自分の想像した通りまぼろしに似た糸のようなものが、二人にも見えない縁となって、彼らを冥々めいめいのうちにつなぎ合せているものか。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鶴見はこれまで重荷にしていた痛苦がこの代衆生苦の御念願によって、冥々めいめいのうちにあっていつの間にか救われているのだろうと思う。
真綱はこれを憤慨して、「ちり起るの路は行人こうじん目をおおう、枉法おうほうの場、孤直こちょく何の益かあらん、職を去りて早く冥々めいめいに入るにかず」
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
つちの下の、仄白ほのじろい寂しい亡霊もうれいの道が、草がくれの葉がくれに、暗夜やみにはしるく、月にはかすけく、冥々めいめいとしてあらわれる。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
以て冥々めいめいの間に自家の醜を瞞着まんちゃくせんとするが如き工風くふうめぐらすも、到底とうてい我輩の筆鋒をのがるるにみちなきものと知るべし。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そして、御壇ノとばりの蔭に冥々めいめいと立ち並んでいる先祖代々の位牌の御厨子を、微小みしょうゆらぎの中に、じっと見あげた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしこの自動車を見た時、——殊にその中の棺を見た時、何ものか僕に冥々めいめいうちに或警告を与へてゐる、——そんなことをはつきり感じたのだつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一度ひとたびは絶えし恋ながら、なほ冥々めいめいに行末望あるが如く、さるは、彼が昔のままのかたちなるを、今もそのひとりを守りて、時の到るを待つらんやうに思做おもひなさるるなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
冥々めいめいのうちに作家チェーホフを支え導いていた端倪たんげいすべからざる芸術的叡知えいちの存在を明かすとともに、この叡智の発動形式の一端に私達を触れさせてれることである。
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
これみなその先達の諸子が冥々めいめい黙々のうちに当時の大勢より支配せられたるを知るべきなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
よしこのやまいゆとも一たび絶えし縁は再びつなぐ時なかるべきを感ぜざるにあらざるも、なお二人が心は冥々めいめいうちに通いて、この愛をば何人なんびともつんざくあたわじと心にいて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
悔い改めるのぞみのない男であるから、必ず冥々めいめいうちに神罰をこうむるであろうというのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
冥々めいめいの化ということがある。夫人の長い生涯の間の感化がそれである。いつとは知れず、その感化がおれの体に浸み込んだのだ。
これはおおやけにこそ明言しないが、向うでも腹の底で正式に認めるし、僕も冥々めいめいのうちに彼女から僕の権利として要求していた事実である。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この国には山にも森にも、あるいは家々の並んだ町にも、何か不思議な力がひそんで居ります。そうしてそれが冥々めいめいうちに、私の使命をさまたげて居ります。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ここは冥々めいめいの神威犯すべからずとおそうやまって、御返上申しあげておくのが北条家のためでもあり、行く末かけて、泰平長久の策とも、自分には考えられるが
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかにも人はこもらぬらしい、物凄ものすさまじき対岸むこうの崖、炎を宿して冥々めいめいたり。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかれども彼らの真意の開国に傾きたるが如きは、また冥々めいめいうちにこれを察するを得べし。何んとなれば彼らの中には時務的経綸において、他の二派に対し、一頭地をぬきんでたるもの多ければなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
冥々めいめいのうちに、漠然ばくぜんとわが脳中に、長谷川君として迎えるあるものが存在していたと見えて、長谷川君という名を聞くや否やおやと思った。
長谷川君と余 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実に大浦の武士道を冥々めいめいうち照覧しょうらんし給う神々のために擦られたのである。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さても明日の世はまた、冥々めいめいとしてわからない。今日が、平和というたとて、生死流転しょうじるてん、三界苦海、色に、酒に、金に、跳猿ちょうえんの迷いからめぬものは、やがて、思い知る時があろうというもの。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人は自分たちのこの態度に対して何の注意も省察せいさつも払わなかった。二人は二人に特有な因果関係をっている事を冥々めいめいうちに自覚していた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
冥々めいめいたる真の闇が、辺りを塗りつぶす。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人の間柄がすれすれになると、細君の心は段々生家さとの方へ傾いて行った。生家でも同情の結果、冥々めいめいうちに細君の肩を持たなければならなくなった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
生死流転のちまた冥々めいめいたり
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
出せなければ楽しむ訳に参らんからやむをえずこの過程を冥々めいめいのうちにあるいは理論的に覚え込むのであります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
始めから相談して、こう見ようじゃありませんかと、規約の束縛を冥々めいめいのうちに受けている。そこで人間の頭が複雑になればなるほど、観察される事物も複雑になって来る。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし事実上彼らはパノラマ的のものをかいて平気でいるところをもって見ると公然と無筋を標榜ひょうぼうせぬまでも冥々めいめいのうちにこう云う約束を遵奉じゅんぽうしていると見ても差支さしつかえなかろう。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
マクベスは妖婆ようば、毒婦、兇漢きょうかんの行為動作を刻意こくいに描写した悲劇である。読んで冒頭より門番の滑稽こっけいに至って冥々めいめいの際読者の心に生ずる唯一の惰性は怖と云う一字に帰着してしまう。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実は金の工面を思い立ってから、自分でもこの弱点を冥々めいめいうちに感じていたのである。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、やがて、この美くしさを冥々めいめいうちに打ち崩しつつあるものは自分であると考え出したら悲しくなった。彼は今日もこの美くしさの一部分を曇らす為に三千代を呼んだに違なかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは漱石が一言の争もせず冥々めいめいうちにこの御転婆を屈伏せしめたのである。
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
せっかくの好意で調ととのえてくれる金も、二三日にさんち木賃宿きちんやどで夜露をしのげば、すぐ無くなって、無くなった暁には、また当途あてどもなく流れ出さなければならないと、冥々めいめいのうちに自覚したからである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
このてんから見ると主人の痘痕あばた冥々めいめいうちに妙な功徳くどくを施こしている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)