見縊みくび)” の例文
敏捷びんしょうなお延は、相手を見縊みくびぎていた事に気がつくや否や、すぐ取って返した。するとお秀の方で、今度は岡本の事を喋々ちょうちょうし始めた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それといふのも女や年寄ばかりだと思つて見縊みくびつてゐるのです。「田を見ても山を見ても俺はなさけのうて涙がこぼれるぞよ」
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
多寡たくわが地主の金持と思つたのは、大變な見縊みくびりやうで、近所の旗本や、安御家人ごけにんの屋敷などは蹴落されさうな家です。
いずれ貧乏と見縊みくびって、腰の印籠に眼を付けたのが憎らしい。印籠は僅かに二重、出来合の安塗、朱に黒く釘貫くぎぬきの紋、取ったとて何んとなろう。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「ひどく見縊みくびるね、じゃ、まあ、さすまい、で、なんだね、名吟めいぎんができたかい、どうも昔から下戸げこに名吟がないと云うぜ」
草藪の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
なんとも見当のつかない使者の役目を吩附いいつけておいて、あとからノコノコと跟いて来るという挙動も、なんだか人を見縊みくびったようでもあります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さてこそ、いくらおばばを待っていても後から来ない筈——と、三名は目顔を見合せていたが、そういう城太郎のまだ乳くさい年頃を見縊みくびって
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、愈々その試験めいたものを受けた時、川上はつく/″\此の毱栗頭いがぐりあたま哥兄あにいを見て、さて見縊みくびつたやうにかう云つた。
(新字旧仮名) / 久米正雄(著)
口では党をあなどったり、デマを飛ばしたり見縊みくびっているが、この事実こそは明かにそれを裏切って、党が彼奴等の最大の敵であることを示している。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
これを如何にして阿弗利加アフリカ的に分割する事が出来よう。されども初めあまりに支那を買被った世界は、今度はその反動としてあまり支那を見縊みくびった。
三たび東方の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
鋭い横胴、危うし! と見る刹那、又平の体は独楽こまのように舞って左へ転ずる。力余ってだだだっとのめる兵右衛門、見縊みくびっていただけに怒りを発して
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかしその割に彼女や辰子たつこの家庭の事情などには沈黙していた。それは必ずしも最初から相手をぼっちゃんと見縊みくびった上の打算ださんではないのに違いなかった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そんなに見縊みくびられても黙々と、所信の実行を示すだけであったが、芸術座と松竹会社との提携が成立したので
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そうして自分を見縊みくびるこの男を舞臺の上の技藝で、何でも屈服さしてやらなければならないと思つた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
丸井の番頭長左衛門が割合いにおちつき払っていたのも、やはり彼等を見縊みくびっていたからであった。
半七捕物帳:40 異人の首 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
満人は、日本人と見ると、見縊みくびり蔑んで、北支辺りの支那人の日本人に対する態度の方が遥かに厚い。まさに顛倒である。日露戦役直後の満人の態度とまるで変っている。
私が張作霖を殺した (新字新仮名) / 河本大作(著)
私は十五のとしから孤児みなしごになりましたのですが、それは、親が附いてをらんと見縊みくびられます。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
実現してのあたり見た上でない以上矢張り内心不安であり、空虚である。畢竟ひつきやう誰にでもある単なる自惚うぬぼれ、架空の幻影ではないかと疑ふ。自分で疑ふ位なら人が見縊みくびる事に文句は云へない。
しかし明治の中頃まではやはり一般には下司なものと見縊みくびられてピーピー。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
さしもの翁も我を折って作者を見縊みくびって冷遇した前非を悔い、早速詫び手紙を書こうと思うと、山出しの芋掘書生を扱う了簡りょうけんでドコの誰とも訊いて置かなかったので住居も姓氏も解らなかった。
露伴の出世咄 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
などと、すっかり私を見縊みくびった態度で挑んで来ます。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
見縊みくびったように見えるだろうか。
章魚木の下で (新字新仮名) / 中島敦(著)
頭から見縊みくびつて居た。
津田はてんから相手を見縊みくびっていた。けれども事実を認めない訳には行かなかった。小林はたしかに彼よりずうずうしく出来上っていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
武装もせぬ弱冠じゃっかんの敵が、わずか三、四名に過ぎないのだと見縊みくびりながらも、多くの甲冑かっちゅう武者は、容易にそこの板縁まで踏みのぼることができないでいた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかるに駒井如き若年者じゃくねんものをよこして我々の頭に置こうなぞとは、見縊みくびられたもまた甚だしいかな
打ちあけてお話しすると、私も最初は、二、三十、せいぜい五十組止りの申込みだろうと見縊みくびっていたようなわけで、第一回百二十組、追加約三十組と聞いて、実は少からず驚いた次第である。
見縊みくびり切っていた。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
色を変えた彼を後に見捨てて、自分の席を立ったくらいだから、自分は普通よりよほど彼を見縊みくびっていたに違なかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんなことを喋々ちょうちょうする人間にかぎって強かったためしがない。又八は、いよいよ、こう見縊みくびったり、図に乗って
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日本に宗教なしと見縊みくびっていうのか、或いはまた事実この道を伝うるにあらざれば、人類救われずとの信念によって出でたる言葉か——駒井自身ではややもすれば、そこに反感を引起しやすい。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
見縊みくびつちやいけません。金つ氣と色氣は無いが、腕の方は確かで」
かえって自分の見縊みくびった先任者よりもはげしい過失を犯しかねないのだから、その時その場合に臨むと本来の弱点だらけの自己が遠慮なく露出されて
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その代り勝てば加増と名誉は知れきっている上に、自分を見縊みくびった正木作左衛門をも見返すことが出来る。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうかと言って、この老人は吝嗇けちののしられるほどに汚い貯め方をするのでもありません。相当のことだけはして、誰にもそんなに見縊みくびられもせずに伸ばして行くところは、なかなか上手なものです。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「恐ろしく見縊みくびりやがつたな」
それほど女を見縊みくびっていた私が、またどうしてもお嬢さんを見縊る事ができなかったのです。私の理屈はその人の前に全く用をさないほど動きませんでした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見縊みくびるな。ここへ呼んだ相談というのは、かねがねお前達二人が、拙者に助太刀を頼んでいた生不動親分の仕返し、その望みを、今夜見事に果させてやろうという所存だ
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これは先生のお言葉とも覚えん、さほどに我々を見縊みくびり給うか」
自分の父が鄙吝ひりんらしく彼女の眼に映りはしまいかという掛念けねん、あるいは自分の予期以下に彼女が父の財力を見縊みくびりはしまいかという恐れ、二つのものが原因になって
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平家は一見、その組織も士気も早、末期のものとは見えるが——と云って、一挙になどと見縊みくびったら、存外な惨敗をきっするかもしれない。すくなくも彼には数十年の集積がある。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ふふん、まだそう見縊みくびったものでもねえ」
自分はいよいよ改まって忠告がましい事を云うのがいやになった。そうして彼女の前へ出た今の自分が何だか彼女から一段低く見縊みくびられているような気がしてならなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頼朝めのはらをいえば、自分が天下の権を握ったからには、高綱に不平があろうと、約束を反古ほごにしようと、手出しはなるまいと、この佐々木家を見縊みくびッてそらうそぶいたのだ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
健三は父の言葉に疑を挟むほど、彼の才能を見縊みくびっていなかった。彼と彼の家族とを目下の苦境から解脱げだつさせるという意味においても、その成功を希望しない訳に行かなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こけ脅しな——と若い為憲は、それだけで、もう将門の力を、充分に見縊みくびっていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いじらしいのと見縊みくびるのはある場合において一致する。小野さんはたしかに真面目に礼を云った小夜子を見縊った。しかしそのうちに露いじらしいところがあるとは気がつかなかった。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の渾身こんしんから湧きあがる憤りをこめて薙刀を舞わすと、山法師たちは、それに当り難いことを自覚したのか、それとも、最初からとても手出しはしまいと見縊みくびって来たのが案外な反撃を食って
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとはばかられたり気をおかれたりする資格さえないように自分を見縊みくびっていただけに、経験の程度の違う年長者から、自分のおもわくと違う待遇を受けるのをむしろ不思議に考え出した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(私とても、そうお父上が見縊みくびるほどな未熟ではございません)
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)