苦艱くげん)” の例文
孤独地獄にも陥ちたらんが如く苦艱くげんを受くること屡々しばしばなりなど仰せられ、御改易のことについては、些の御後悔だに見えさせられず候。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼の新なる悔は切にまつはるも、いたづらに凍えて水を得たるにおなじかるこのふたつの者の、相対あひたいして相拯あひすくふ能はざる苦艱くげんを添ふるに過ぎざるをや。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
若し舟中の人にして、或は浪に打ち揚げられ、或は自らおよぎ着きて、巖のはざまなどにあらんには、人に知られで飢渇の苦艱くげんを受けもやせん。
苦艱くげんをなすった甲斐が有ったアだ、おれも心配して、汝がに会いてえと思ったが、うかえ、若旦那が御帰参になるようになったら、汝何うする気だ
が、この苦艱くげんを受けているのは、何もおれ一人に限った事ではない。おれ一人衆苦しゅうくの大海に、没在ぼつざいしていると考えるのは、仏弟子ぶつでしにも似合わぬ増長慢ぞうじょうまんじゃ。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
流れがあおって、こう、さっとせく、落口の巌角いわかどね越すのは苦艱くげんらしい……しばらく見ていると、だんだんにみんな上った、一つ残ったのが、ああもう少し
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三人は日ごとに顔を見合っていて気が附かぬが、困窮と病痾びょうあ羇旅きりょとの三つの苦艱くげんめ尽して、どれもどれも江戸を立った日のおもかげはなくなっているのである。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「わたしがくなったら如何でもして恩報じをするから、今夜は苦艱くげんだから、済まないが阿爺さん起きて居てお呉れ、阿母おっかさんは赤ん坊や何かでくたびれきって居るから」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
なれど、死ねぬ、死ねぬ。口惜しゅうて死ねぬ。いつまでつづくこの世の苦艱くげん、焦熱地獄。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
旅人の胸は、人皆にはそれぞれの道が神によつて豫示せられてゐて、或者は幸福への道に、また或者は苦艱くげんへの道に向はざるを得ないといふ事で、いふべからざる苦惱をおぼえる。
渡河瀕死ひんしの難、雪峰凍死の難、重荷おもに負戴ふたいの難、漠野ばくや独行の難、身疲しんぴ足疵そくしの難等の種々の苦艱くげんもすっぱりとこの霊水に洗い去られて清々として自分を忘れたような境涯に達したです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
地獄のうちちながら、慣るるにつれて、身の苦艱くげんの薄らぐままに、ひたすら想い出でらるるは、故郷の父母さては東京、大阪の有志が上なり、一念ここに及ぶごとに熱涙のほとばしるを覚ゆるなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
この世に未練は沢山有るけれど、私は早く死んで、この苦艱くげんめて了つて、さうして早く元のきよからだに生れかはつて来たいのです。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
云はば目前の境界きやうがいが、すぐそのまま、地獄の苦艱くげんを現前するのである。自分は二三年前から、この地獄へ堕ちた。一切の事が少しも永続した興味を与へない。
孤独地獄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しの「さア此方こっちへお上んなさいましわしは少し塩梅あんべえが悪くってネ、其処まで立ってくも苦艱くげんでござえますから、何うかあんた此方へ這入っておくんなせえましよ」
戦争過ぎて五年目に、日本は独舞台で欧洲中原の五年にわたる苦艱くげんを唯一日の間に甞めました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
なる程生というものは苦艱くげんを離れない。しかしそれを避けて逃げるのは卑怯ひきょうだ。苦艱めに生を領略する工夫があるというのだ。Whatホワット の問題を howハウ にしたのだね。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
して、百年ひやくねん以来いらい天守てんしゆあるあやしいものゝさらはれて、いまらるゝとほりの苦艱くげんける……なにとぞおもむきを、温泉をんせんいま逗留とうりうするをつとつたへて、寸時すんじはや人間界にんげんかいたすけられたい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
重ね重ねの悪業を重ねた汝じゃから、有司の手によって身を梟木きょうぼくに晒され、現在の報いを自ら受くるのも一法じゃが、それでは未来永劫、焦熱地獄の苦艱くげんを受けておらねばならぬぞよ。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
口惜しゅうて死ねぬ、いつまでつづくこの世の苦艱くげん、焦熱地獄
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
千の苦艱くげんもとよりしたるを、なかなかかかるゆたかなる信用と、かかるあたたか憐愍れんみんとをかうむらんは、羝羊ていようを得んとよりも彼は望まざりしなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
又さもなければ如何に良秀でも、どうしてかやうに生々と奈落の苦艱くげんが画かれませう。あの男はこの屏風の絵を仕上げた代りに、命さへも捨てるやうな、無惨な目に出遇ひました。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
たもとを分かつはただ一瞬の苦艱くげんなりと思いしは迷いなりけり。わが身の常ならぬがようやくにしるくなれる、それさえあるに、よしやいかなることありとも、われをばゆめなてたまいそ。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
たもとを分つはたゞ一瞬の苦艱くげんなりと思ひしは迷なりけり。我身の常ならぬが漸くにしるくなれる、それさへあるに、縦令よしやいかなることありとも、我をばゆめな棄て玉ひそ。母とはいたく争ひぬ。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)