石楠花しゃくなげ)” の例文
植物として私の最も好む山百合、豌豆えんどうの花、白樺、石楠花しゃくなげのほかに、私は落葉松という一つの喬木きょうぼくを、この時より加えることにした。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
また、柵から手を伸ばして、石楠花しゃくなげの葉を五枚ほどむしり取った。それは、口のなかで噛みしめていると、何か、非常に力になる気がした。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
石楠花しゃくなげの群落が一時途絶えて、私の歩みは御庭へと移された。高峰の花のあるところに、お花畑の名はつき物だが、御庭はあまり聞かない名だ。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その式場をおおう灰色の帆布はんぷは、黒いもみえだで縦横に区切られ、所々には黄やだいだい石楠花しゃくなげの花をはさんでありました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
真珠色をしたゆうべの闇が純白の石楠花しゃくなげの大輪の花や、焔のような柘榴ざくろの花を、可惜いとしそうに引き包み、せ返えるような百合の匂が、窓から家内へ流れ込む。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
唐松や白樺の若葉が見たいと思えば、五月の梓山、川端下かわはげの戦場ヶ原がよい。紅葉は十月の梓山、川端下、黒平くろべら、金山。石楠花しゃくなげは殊に秩父奥山の名物である。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
相手を殺すか傷つけるかする何とかいう石楠花しゃくなげに似た植物の毒の話や……名前をつい忘れましたけれども……
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
薪のように山独活をつけ、その上に石楠花しゃくなげの花をさした馬を曳いた山人が里へ売りに下るのを見かけました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
うれしや日が当ると思えば、つのぐむあしまじり、生茂おいしげ根笹ねざさを分けて、さびしく石楠花しゃくなげが咲くのであった。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今朝はやく歩きに出たら、山の林の中で石楠花しゃくなげつぼみが赤くふくらんでいるのをみつけ、胸の奥がせつなく、熱くなるように感じながら、暫く立停って眺めていました。
失蝶記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
途中で日が没して雨でも降って来るとすこぶる惨憺さんたんを極めねばならない、八時半に出合の処を出発して闊葉樹林の下に繁茂屈曲している石楠花しゃくなげや、熊笹を蹈み分けて
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
もつれ合って咲いている石楠花しゃくなげの白くつめたい花弁、すぐ向うの黒い岩塊、風に乗って来る渓谷の水音、どこかで岩の崩れ落ちる音、下で湯をわかしているらしい焚火の煙
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
こちらをごらんなさい、花も、葉も、枝も、すっかり白天鵞絨しろびろうどではございませんか。これはまあ、真黄色まっきいろ! こんな大きな梅鉢草うめばちそう! これは石楠花しゃくなげ躑躅つつじの精かも知れません。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それにはそれぞれに「白樺しらかば」とか「竜胆りんどう」とか「石楠花しゃくなげ」などと云う名前がついていた。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
蛍草ほたるぐさ竜胆りんどう風の花が、熊笹のあちらこちらに見える。野生の石楠花しゃくなげが処々に咲いている。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
停車場を出て橋を一つ渡ると、直ぐそこに町端まちはならしい休茶屋や、運送屋の軒に続いてくすぶりきった旅籠屋はたごやが、二三軒目についた。石楠花しゃくなげや岩松などの植木を出してある店屋みせやもあった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
岩間に、黄にむらさきに石楠花しゃくなげが咲いて、夕やみが忍び寄っていた。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
石楠花しゃくなげだろうということである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
昼ならば、この辺りの高原は、石楠花しゃくなげやりんどうや薄雪草も数あるらしいが、夜はただびょうとして、真綿のような露が地を這っているばかり。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
北西の一峰をえたことを記憶している、そこに何があったかと言えば、白花の石楠花しゃくなげがあったことだけが答えられる。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
セーヌの鴎はやつぱり身体の中心を河へ置いて来たといふ格好で戻つて行くのをすねるやうに庭の池がにらみ上げる。石楠花しゃくなげの雪が一ばんさきにしずくになりかけた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
甲斐の盆地の夏景色は、何んともいえず涼々すがすがしく、釜無かまなし河原には常夏とこなつが咲き夢見山には石楠花しゃくなげが咲き、そうしてお館の木深い庭を蛍が明滅して飛ぶようになった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
父親が、温泉場で目っけて根ぐるみ新聞に包んで持って来た石楠花しゃくなげや、土地名物の羊羹ようかんなどを提げて、家へ入って行ったとき、姉も自分の帰りを待うけてでもいたように、母親と一緒に茶の間にいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
黄花の石楠花しゃくなげが、ちらほら咲いている、この花の弁で承けた霧の雫を吸ったときは、甘酸っぱい香気で、胸が透いた。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
Kさんのいたわり心、ぼくに、杖を渡してくれる。この杖、石楠花しゃくなげの木なり。「道中の花はこれにおしなさいよ」のこころか。なるほど、登るのに、たいへん助かる。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の歩いているその辺はどうやら富士も五合目らしく、その証拠には木という木がほとんど地面へ獅噛しがみ付いている。そうしてその木の種類といえば石楠花しゃくなげ苔桃こけももの類である。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何故なぜ逆廻りをしたかといえば、御中道は、前にも廻っているんだが、小御岳から御庭を通じて、大宮道へ出遇うまでの、森林の石楠花しゃくなげを見たかったのだ。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
人には人の世にしょする考え方や生き方もみなちがう。彼はこの山間に、凡々とただ生を安んじて来たひとりに過ぎない。たとえば、岩間の石楠花しゃくなげかつつじの如きものだ。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは石楠花しゃくなげの桃色の花が木下闇に仄々と浮び、梅の実が枝に熟するという五月雨時のことであったが、或夜何気なく雨の晴間に雨戸を一枚引き開けた庭の景色を眺めていると
稚子法師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
池には石が座榻ざとうのように不規則に、水面に点じている、岸には淡紅の石楠花しゃくなげが水に匂う、蛇紋が掻き破られて、また岩魚が飛ぶ、石楠花の雫を吸っている魚だから
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
一所に石楠花しゃくなげの叢があった。その叢の根にうずくまり、様子を窺っている人影があった。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それに気がついて、彼が川べりを数十歩のぼって行って見ますと、一叢ひとむら石楠花しゃくなげのかげに、下げ髪の若い娘が、岩角から身をかがませて、澄んだ流れの水をすすろうとしていました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
レンゲツツジなど石楠花しゃくなげ科に属するツツジ類の大群落を探るにあったが、雨が降りしきるので、飯盛いいもり山のもうろうたる姿を見たばかり、八ヶ岳へ寄りつけないので
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
岩にすがって、石楠花しゃくなげのなかに、立ちますと、そのおぼつかない足元をささえて
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
築山があって築山の裾に、石楠花しゃくなげの叢が繁っていた。無数に蕾を附けている。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この山と高さを競い得るものは、高瀬川の谷を隔てた穂高山ばかり、群山は皆沈んでしまう、石片の無器用な継ぎ目を補綴するために、偃松や白花の石楠花しゃくなげが、少しずつ這っている
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ほんのりと酔ったお稲の白粉が石楠花しゃくなげの花みたいに、ぼっと浮いて。
野槌の百 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
せむしの老人が体を延ばして、石楠花しゃくなげの花を折ろうとしたが、どうにも身長せいが届かなかったので、人々はドッと声を上げて笑った。とは云え笑ったそういう声にも、軽蔑らしい響きなどはなかった。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
花がひらくのと同じで、万象の色が真の瞬間に改まる、槍と穂高と、兀々ごつごつした巉岩ざんがんが、先ず浄い天火に洗われてかたちを改めた、自分の踏んでいる脚の下の石楠花しゃくなげ偃松はいまつや、白樺のおさないのが
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その水路が曲った所に、石楠花しゃくなげの花が咲いていた。小狸蘭の薄紫の花、車百合の斑点はんてんのある花、蟹蝙蝠草かにこうもりそうの桃色の花、そうして栂桜つがざくらの淡紅色の花は、羊歯しだや岩蘭とまざり合い、虹のように花咲いていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
石楠花しゃくなげ石楠花という声が伝わった、そりゃもう登山家マウンティニアーでなくては、想像の出来ない、世間も、人間も忘却した、心底からこみ上げて来る嬉しい声が、この一株をぐって起った、白峰の雪は白い
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)