片唾かたず)” の例文
が、一時一時いっときいっときと時の移って行くのも知らないように、見物は皆片唾かたずを飲んで、気長に竜の天上を待ちかまえて居るのでございましょう。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それは敵か味方かと片唾かたずを飲んでいるまもなく、大屋根まで駈けつけた右の男は、いきなり群がる裸虫を片端から突き落しはじめました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すると、朝倉先生が、急にいずまいを正し、謡曲ようきょくでもやりだしそうな姿勢になった。みんなは急にしんとなって、片唾かたずをのんだ。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
骸骨島! 悪漢共がC・C・D潜水艦を盗み、龍介を生埋めにしようという骸骨島とはどこに在るか? 壮太は片唾かたずをのんで耳を澄ませた。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、片唾かたずをのんで、越前守がいかにお袖を裁くか——いや彼が彼自身に裁かれるかを——耳澄まして聴いているにちがいない。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぎょッとなって身を引きながら、いずれも農民達はやや暫し片唾かたずを呑んで遠くからその傷痕を見守っていたが、まさにこれこそは数の力でした。
片唾かたずを呑んで、医師共が悲鳴をあげる瞬間を楽しみにしていた将軍は、張った肩、いた眼、突き出した首のやり場がない。それは、そのはずである。
『七面鳥』と『忘れ褌』 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
返辞いかにと片唾かたずを飲んでいる石子刑事の前へ現われたのは女中でなくて、四十近い品のある奥さん風の女だった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
結局人間を栽培する実験遺伝学という極端な結論に行きついてしまって、その成行に片唾かたずませた矢先だった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「何だろう。あれは機械なのだろうか。それとも生物なのだろうか」片唾かたずをのんでいた敬二少年は、思わずこうつぶやいた。まった得態えたいのしれない怪球であった。
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それにつれて帳の奥の福慈岳ふくじのだけの姿はいまや山の祖神の前に全積を示しかけて来た。祖神の翁は片唾かたずを呑んだ。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
皆々この勝負こそはと片唾かたずを呑んでながめをれば、二人は立ち上りエイと組みオオと引き左をさし右をはづしひとみらしてにらみ合ひたるその途端に如何いかがしたりけん
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
人々はどんなことをするのかと片唾かたずんだが、その時首相から二けん程隔って立った松島氏が左の手を上げると、その途端に夫人の手で電燈が消されて真闇まっくらになり
外務大臣の死 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
たたずめる山本のひたいには汗が浮き出している。彼は大川がどんな問を発するか、片唾かたずをのんで待ち構えた。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
番頭の藤三は湯釜ゆがまの上に胡坐あぐらき、裸の胸に両腕を組んで漠然とした眼を流し場に向けて居たが、ぎょっとした様に表情を硬くし、眼をしばたたくと片唾かたずを呑んだ。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
途端に「はッ」と襖のあなたに片唾かたずをのむ人のはいせしが、やがて震い声に「御免——遊ばせ」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
五分、十分、十五分! 博士を初め誰も彼も花の働きを見守ったまま片唾かたずを飲んで立っていた。
物凄き人喰い花の怪 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
サントジャンの祭日にちなんだ大饗宴があると披露されたにより、空腹ひだるい腹をかかえ、食堂の長椅子にたぐまって片唾かたずをのむところ、薦延せんいん数時間、ようやく十時真近になって
爺やのへや片唾かたずを呑んで居た千種は、真っ直ぐに廊下へ飛出して、二つずつ階段を飛上ると
悪魔の顔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
この夜も六七人の子供がみんな大きな周囲まわりに黙って座りながら、鉄鍋の下の赤く燃えている榾火ほだびいじりながらはなしている老爺おやじ真黒まっくろな顔を見ながら、片唾かたずを呑んで聴いているのであった
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
海野はことさらに感謝状を押戴おしいただき、書面を見る事久しかりしが、やがてさらさらと繰広げて、両手に高く差翳さしかざしつ。声を殺し、なりを静め、片唾かたずを飲みてむらがりたる、多数の軍夫に掲げ示して
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行儀よく片唾かたずをのんで、仲間の不幸をいたむように口も利かずに坐っていた。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
夫人もこの意外な話にはひどく驚いたらしかった、私は片唾かたずをのんだ。
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
二人は霎時しばらくの間、片唾かたずをのんで鸚鵡の言葉を聞いた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「深き創か」と女は片唾かたずを呑んで、懸念の眼をみはる。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして片唾かたずを飲んだように、静まり返っている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
治三郎は片唾かたずをのんで、窺っていた。
夢のお七 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
駆逐艦やランチから試運転を見学していた将官たちは、時計を片手に、潜水艦が何処どこへ現われるかと、片唾かたずをのんで待ち受けた。十分——二十分——三十分。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
みんなは片唾かたずをのんで彼を見まもった。彼に好意をもつものも、反感をいだくものも、彼が数日来の沈默をやぶったということに好奇の眼をかがやかしたのである。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
しかし、さういひながらも少女は情熱に迫られたやうに、矢庭に顔を芍薬に埋めて摘んだ花に唇を合せた。紫に光る黒髪がぶる/\慄へてゐる。君助は、そつと片唾かたずをのんだ。
小町の芍薬 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
一礼をして引下った女中はやがて首尾いかにと片唾かたずを呑んでいる石子の前に現われた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
と、峰の一角に隠れて、片唾かたずをのんで見つめているのは、いま矢を放した波越八弥。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一同片唾かたずを呑んで小みどりを凝視したけれど、一向に太い尻っ尾が出てこない。
純情狸 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
どうなることかと、丁坊は片唾かたずをのんで窓の外の、人のゆききをながめている。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
荒唐無稽こうとうむけいとしか思われない事ですが、兼ねてあの婆の怪しい呪力じゅりきを心得ている泰さんは、さらに疑念を挟む気色もなく、アイスクリイムをすすめながら、片唾かたずを呑んで聞いてくれるのです。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
海野はことさらに感謝状を押戴おしいただき、書面を見る事久しかりしが、やがてさらさらと繰広げて、両手に高く差翳さしかざしつ。声を殺し、なりを静め、片唾かたずを飲みてむらがりたる、多数の軍夫に掲げ示して
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
打ち笑いつつ中将は立ってテーブルの上よりふるきローヤルの第三読本リードルを取りて、片唾かたずをのみつつ、薩音さつおんまじりの怪しき英語を読み始めぬ。静聴する婦人——夫人はしきりに発音の誤りを正しおる。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
駆逐艦の上に砲をとるすべての人々は、今にも怪物現われるかと、片唾かたずを呑んで海面をみつめた。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
山木は口を開かんとしてまず片唾かたずをのみ、片唾をのみてまた片唾をのみ、三たび口を開かんとしてまた片唾をのみぬ。彼はつねに誇るその流滑自在なる舌の今日に限りてひたと渋るを怪しめるなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)