こう)” の例文
それはマルファ・ペトローヴナの熱もだんだんこうじてきて、妹さんの噂をしてもわたしが黙っていると言って、腹を立てるくらいでした。
おのれも好むようになりそれがこうじた結果であり音曲をもって彼女の愛を得る手段に供しようなどの心すらもなかったことは
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そしられた男子同性愛も、事こうずればいわゆるわけの若衆さえ、婦女同然の情緒を発揮して、別れを恨んで多数高価の鶏を放つに至ったのだ。
じっさい私にはある感情特に憎悪の感情が極度にこうじてくると、紳士的体面などは一銭銅貨のように投げすててしまい兼ねない傾向があるのだ。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
芸術家の至上主義がこうじると生活が乱れやすいが、老人のこの主義はまことに安全だから結構だと思って見たりした。甚だ合理化された避暑法だ。
そこまで考えると、恭一のやり方の愚劣さに対する怒りは、その底に、自分で意識しない嫉妬しっとの感情を波うたせて、いよいよこうじて行くのであった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
いつぞやお話をした『正雪の絵馬』と同じように、道楽がこうじると、とかくに何かの間違いが起こり易いものです。
半七捕物帳:58 菊人形の昔 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夫人のヒステリーのこうじたころ、築地のホテルへ誘き出し、前代未聞の恐るべき手段を用いて夫人を殺しました。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこから引きかえして来た連絡係りは、これを告げるだけで充分こうふんすることが出来た。彼は叫んで歩いた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
後家が、役者に、思いをかけての、痴話喧嘩ちわげんかが、こうじたもの——とでも、いったように、お初はいいまわした。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
当然床の中にしていなければならないうちに、ちょうどそれが田植えの時期だったので、無理に田圃へ出たのがもとで、産褥さんじょく熱がこうじ、ひどい出血の後に
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
が、この酒は元来好きでもあったろうが一つは生活の不愉快を忘れたさに益々ますます酒癖をこうじさせたのであろう。
茶をすすり菓子をつまみながら、話したい者は勝手に話すし、聞きたい者は聞いていればいい、議論の始まることもあるし、それがこうじて喧嘩けんかになりかかる場合もある。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とうとうそれはやりきれないような気持ちにまでこうじて行った。自分ながら案外なことであった。
京の四季 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
が、そのいさかいがだんだんこうじて、しまいにはそれまで皆の目をまさせまいとして互に小声で言い合っていたらしいのが、つい我を忘れたように声を高くしてくる。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
めいりこんでいて「伊藤が愛がないのでさびしくてしかたがない。高いがけの上からでも飛降とびおりて死んでしまいたい」といっていたが、感情がこうじてこんな事になったのか
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
物思いは御息所の病をますますこうじさせた。斎宮をはばかって、他の家へ行って修法などをさせていた。源氏はそれを聞いてどんなふうに悪いのかと哀れに思って訪ねて行った。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
時にはそれが狂乱の一歩手前にまでこうじることも、一度や二度ではなかったのだ。
姉は大学生が自分を思っていると思い込み、妹の方は自分を思っていると思い込んで、お前がいるからあの方は来て下さらないんだわ、いいえ姉さん、貴方あなたがいるからよ、といい争いがこうじて
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
とあれば、おそらくは、お風邪かぜこうじられた程度ではなかったろうか。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浪子が病みて地をえしより、武男は帰京するごとに母の機嫌きげんの次第にしく、伝染の恐れあればなるべく逗子には遠ざかれとまで戒められ、さまざまの壁訴訟の果てはこうじて実家さと悪口わるくちとなり
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「ハーッ」と小次郎は気を呑んだ、恐怖がこうずると夢中になる。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
更に気持がこうじてきたのだった。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
こういう風なことがこうじると、場合によっては、窓や鐘楼からでも飛びおりたくなってきますよ。そういった感覚は魅惑の強いものですからな。
老教授の一時のこう奮は、しかし「判事!」と叫んだ一語のために、すっかり消えてしまったものと見えて、またもや、菜葉なっぱのようにしおれてしまった。
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
あまり病気がこうじないうちに一度東京へ連れて行って専門の大家にもらおう、まだ東京を知らない彼女は
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
不思議な欲望——骨董癖こっとうへき風雅癖ふうがへきこうじた結果の、異常な蒐集慾、それを満たすために、どれ程、うしろ暗い、汚らわしい行為を、繰り返して来ていた彼であったろう!
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
晩年には益々こうじて舶来の織出し模様の敷布シーツを買って来て、中央に穴を明けてスッポリかぶり、左右の腕に垂れた個処を袖形そでがたって縫いつけ、まる酸漿ほおずきのお化けのような服装なりをしていた事があった。
退屈しのぎがこうじて、ひとつ揶揄からかってやろうと、藤次はそこで
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遊戯ゆうぎの際に早くも検校の真似をするに至ったのは自然のすうでありそれがこうじて習い性となったのであろう
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのように薄情はくじょうにするなら、御息女のことを、世間にいいふらす——と、あたくしが、焼餅やきもちこうじて申したのがきっかけで、あんな馬鹿らしいことになったのでございました
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そういう次第で、まだはっきりと御決心がついたわけではござりませなんだが、うす/\それが御城中へ知れわたったものでござりますから、なおさら御両人の不和がこうじてしまいました。
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
つまり自分は、二三年来生理的に夫たる資格を失いかけているところから、此のまゝでは、———何とかしてやらなければ、———妻に申訳がないと云う気持が、こうじて来ていたのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こういう傲慢ごうまんな、我がままな根性は、前から彼女にあったのであるか、あるいは私が甘やかし過ぎた結果なのか、いずれにしても日をるに従ってそれがだんだんこうじて来つつあることは明かでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たゞさうすると品子に溜飲りゅういんを下げさせることになるのが、いかにも残念でたまらないので、その方の意地がこうじて来ると、猫のことぐらゐ辛抱しても誰があの女の計略なんぞにと、云ふ風になる。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たゞさうすると品子に溜飲りゅういんを下げさせることになるのが、いかにも残念でたまらないので、その方の意地がこうじて来ると、猫のことぐらゐ辛抱しても誰があの女の計略なんぞにと、云ふ風になる。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただそうすると品子に溜飲りゅういんを下げさせることになるのが、いかにも残念でたまらないので、その方の意地がこうじて来ると、猫のことぐらい辛抱しても誰があの女の計略なんぞにと、云う風になる。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
利太郎の横恋慕よこれんぼにどの程度の熱意があったか知るべくもないが若年の頃は誰しも年下の女より年増としま女の美にあこがれる恐らく極道の果てのああでもないこうでもないがこうじたあげく盲目の美女に蠱惑こわく
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その道楽がこうじると、一人で使うことの出来る小さな指人形を持って町から町を門附かどづけして歩き、呼び込まれれば座敷へ上ってさわりの一とくさりを語りながら踊らせて見せると云うようなのもあり
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)