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わせだ
ふりがな文庫
“
早稲田
(
わせだ
)” の例文
旧字:
早稻田
彼女は
巣鴨
(
すがも
)
の方へ、私は
早稲田
(
わせだ
)
の方へ、その乗換場所までの、
僅
(
わず
)
かの間を、私達は一日中の最も楽しい時間とする様になった。
孤島の鬼
(新字新仮名)
/
江戸川乱歩
(著)
代助はこう云う記事を読むと、これは大隈伯が
早稲田
(
わせだ
)
へ生徒を呼び寄せる為の方便だと解釈する。代助は新聞を放り出した。
それから
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
東京も、中心をはなれた都の西北
早稲田
(
わせだ
)
の森、その森からまだずっと郊外へいったところに、
新井薬師
(
あらいやくし
)
というお寺がある。
金属人間
(新字新仮名)
/
海野十三
(著)
其は浴衣の
着流
(
きなが
)
しで駒下駄を
穿
(
は
)
いたM君であった。M君は
早稲田
(
わせだ
)
中学の教師で、かたわら雑誌に筆を執って居る人である。
みみずのたはこと
(新字新仮名)
/
徳冨健次郎
、
徳冨蘆花
(著)
井伏さんは、所謂「
早稲田
(
わせだ
)
界隈
(
かいわい
)
」をきらいだと言っていらしたのを、私は聞いている。あのにおいから脱けなければダメだ、とも言っていらした。
『井伏鱒二選集』後記
(新字新仮名)
/
太宰治
(著)
▼ もっと見る
その中の一部分が飜訳後
暫
(
しば
)
らく
経
(
た
)
ってから冷々亭主人の名で前記した
早稲田
(
わせだ
)
の機関誌の『中央学術雑誌』に掲載された。
二葉亭四迷の一生
(新字新仮名)
/
内田魯庵
(著)
早稲田
(
わせだ
)
に通う位の金を出してくれと書いてありましたげな、何かそういう計画で芳がだまされておるんではないですかな
蒲団
(新字新仮名)
/
田山花袋
(著)
あの時に
江戸川
(
えどがわ
)
の
大曲
(
おおまがり
)
の花屋へ寄って求めたのがやはりベコニアであった。紙で包んだ花鉢をだいじにぶら下げて車にも乗らず
早稲田
(
わせだ
)
まで持って行った。
病室の花
(新字新仮名)
/
寺田寅彦
(著)
……松平さまのほうは
丸山浄心寺
(
まるやまじょうしんじ
)
のおかえり、毛利さまは
早稲田
(
わせだ
)
、
馬場下
(
ばばした
)
の
願満祖師
(
がんまんそし
)
のおかえり、鍋島さまのほうは
大塚本伝寺
(
おおつかほんでんじ
)
のおかえりでございました
顎十郎捕物帳:11 御代参の乗物
(新字新仮名)
/
久生十蘭
(著)
文壇の人では
秋田雨雀
(
あきたうじゃく
)
氏が貞奴心酔党の一人で、その当時
早稲田
(
わせだ
)
の学生であった紅顔の美少年秋田は、それはそれは、熱烈至純な、貞奴讃美党であった。
マダム貞奴
(新字新仮名)
/
長谷川時雨
(著)
……右隣りへは一面のS文学士が坐った。左隣りには三面の
編輯
(
へんしゅう
)
にいるAという
早稲田
(
わせだ
)
出の新進作家がいた。
六月
(新字新仮名)
/
相馬泰三
(著)
すばらしい飛躍力——あの怖ろしく弾力のある五体を急に跳ね出して、
篠
(
しの
)
のガサヤブへ飛びこむや否、
早稲田
(
わせだ
)
へ下るだんだん畑を、一目散に駆け出しました。
江戸三国志
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
当主と云うのは
早稲田
(
わせだ
)
の商科出の本年四十四五歳ぐらいの男であること、彼が妻を
亡
(
な
)
くしたのは二三年前のことであり、その妻は某堂上華族の出であったこと
細雪:03 下巻
(新字新仮名)
/
谷崎潤一郎
(著)
真赤
(
まっか
)
な色は驚くほど濃いが、光は弱く鈍り衰えている。自分は突然一種悲壮な感に打たれた。あの夕日の沈むところは
早稲田
(
わせだ
)
の森であろうか。
本郷
(
ほんごう
)
の岡であろうか。
深川の唄
(新字新仮名)
/
永井荷風
(著)
余は漱石と二人田圃を散歩して
早稲田
(
わせだ
)
から関口の方へ往たが大方六月頃の事であつたらう、そこらの水田に植ゑられたばかりの苗がそよいで居るのは誠に善い心持であつた。
墨汁一滴
(新字旧仮名)
/
正岡子規
(著)
全然?——
尤
(
もつと
)
も全然かどうかは疑問かも知れない。当時の僕は彼等以外にも
早稲田
(
わせだ
)
の連中と交際してゐた。その連中もやはり
清浄
(
せいじやう
)
なる僕に悪影響を及ぼしたことは確かである。
「仮面」の人々
(新字旧仮名)
/
芥川竜之介
(著)
一反二反の反をソリと言うことが
俚人
(
りじん
)
に耳遠いためにこうした読み方は起ったのであろう。『新篇武蔵国風土記稿』によれば、今日東京市となっている
早稲田
(
わせだ
)
村の中にも字段町がある。
地名の研究
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
早稲田
(
わせだ
)
に
鴨川壽仙
(
かもがわじゅせん
)
という針医がある、其の医者が一本の針を眼の
側
(
わき
)
へ打つと、
其処
(
そこ
)
から
膿
(
のう
)
が出て直ぐ治る、丁度今日
行
(
ゆ
)
けば施しにたゞ打ってくれる、目は
一時
(
いっとき
)
を争うから直ぐ行くが宜しい
業平文治漂流奇談
(新字新仮名)
/
三遊亭円朝
(著)
我邦
(
わがくに
)
に来遊する外国の貴紳が日本一の御馳走と称し帰国後第一の
土産話
(
みやげばなし
)
となすは東京
牛込
(
うしごめ
)
早稲田
(
わせだ
)
なる大隈伯爵家温室内の食卓にて巻頭に掲ぐるは画伯
水野年方
(
みずのとしかた
)
氏が
丹青
(
たんせい
)
を
凝
(
こら
)
して描写せし所なり。
食道楽:冬の巻
(新字新仮名)
/
村井弦斎
(著)
其処へ又警部が飛込んで来やがつて『解散を命ずるツ』てんよ、すると何でも
早稲田
(
わせだ
)
の書生さんテことだが、目を
剥
(
む
)
き出して怒つた、つかみ掛りサウな
勢
(
いきほひ
)
だつたが、少し年取つた人が手を抑へて
火の柱
(新字旧仮名)
/
木下尚江
(著)
会津八一
(
あいづやいち
)
先生が、たぶん創元社の伊沢君からきいてのことと思うが、私が黄河を調べていることをきいて、私を
早稲田
(
わせだ
)
の甘泉園というところへ招いて、ここには先生の支那古美術の
蒐集
(
しゅうしゅう
)
があるのだが
魔の退屈
(新字新仮名)
/
坂口安吾
(著)
紺の
暖簾
(
のれん
)
を張った広い店先きにミシンを置いて、
桃割
(
ももわれ
)
に結った町子が、
黒繻子
(
くろじゅす
)
の
襟
(
えり
)
をかけてミシンを踏んでいるところは、
早稲田
(
わせだ
)
の学生達にも評判だったとみえて、学生達が足袋をあつらえに来ては
晩菊
(新字新仮名)
/
林芙美子
(著)
「楠さん、
先刻
(
さつき
)
の雑誌の名はやつぱし
早稲田
(
わせだ
)
文学でしたわ。」
私の生ひ立ち
(新字旧仮名)
/
与謝野晶子
(著)
それから、どこをどう走ったか、よくもおぼえませんが、
早稲田
(
わせだ
)
大学のうしろのへんで、あとから追っかけてくる自動車があることに気づきました。
怪人二十面相
(新字新仮名)
/
江戸川乱歩
(著)
十月
早稲田
(
わせだ
)
に移る。
伽藍
(
がらん
)
のような書斎にただ一人、片づけた顔を
頬杖
(
ほおづえ
)
で支えていると、
三重吉
(
みえきち
)
が来て、鳥を御
飼
(
か
)
いなさいと云う。飼ってもいいと答えた。
文鳥
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
また例の
蕎麦
(
そば
)
屋でビールでも飲んで語らうぢゃないか。小島からこの間便りがあった。このごろに杉山がまた東京の
早稲田
(
わせだ
)
に出て行くさうだ。歌を難有う。
田舎教師
(新字新仮名)
/
田山花袋
(著)
それを文士モラル問題として、手厳しく、というより致命的にやっつけたのが、『
早稲田
(
わせだ
)
文学』だった。
田沢稲船
(新字新仮名)
/
長谷川時雨
(著)
いつか
早稲田
(
わせだ
)
の応接間で先生と話をしていたら廊下のほうから粗末な服装をした変な男が酔っぱらったふうでうそうそはいって来て先生の前へすわりこんだと思うと
夏目漱石先生の追憶
(新字新仮名)
/
寺田寅彦
(著)
それとは心づかない君江は
広小路
(
ひろこうじ
)
の四辻まで歩いて
早稲田
(
わせだ
)
行の電車に乗り、江戸川
端
(
ばた
)
で乗換え、更にまた
飯田橋
(
いいだばし
)
で乗換えようとした時は既に赤電車の出た後であった。
つゆのあとさき
(新字新仮名)
/
永井荷風
(著)
紅葉
勃興
(
ぼっこう
)
当時の文壇は各々私交はあっても団体的に行動する事はなかった。
春廼舎
(
はるのや
)
の
起
(
た
)
つや
半峰居士
(
はんぽうこじ
)
は
伯牙
(
はくが
)
における
鍾子期
(
しょうしき
)
の如くに共鳴したが、
早稲田
(
わせだ
)
は決して春廼舎を声援しなかった。
硯友社の勃興と道程:――尾崎紅葉――
(新字新仮名)
/
内田魯庵
(著)
サウ、
赤門
(
あかもん
)
にせよ、
早稲田
(
わせだ
)
にせよ、一生懸命社会主義を
火の柱
(新字旧仮名)
/
木下尚江
(著)
(もっとも雨の降る日であったからでもありましょうが、)そう云った
身拵
(
みごしら
)
えで、
早稲田
(
わせだ
)
の
奥
(
おく
)
まで来て下すって
私の個人主義
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
高等女学校や
早稲田
(
わせだ
)
大学出の人たちの間へはさまり、新時代の高級女優となって売出そうという人が
松井須磨子
(新字新仮名)
/
長谷川時雨
(著)
中にも高等師範の学生に一人、
早稲田
(
わせだ
)
大学の学生に一人、それが時々遊びに来たことがあったそうだ。
蒲団
(新字新仮名)
/
田山花袋
(著)
千駄木
(
せんだぎ
)
や
早稲田
(
わせだ
)
の先生の家における、昔の愉快な集会の記憶が背景となって隠れているであろう。
夏目漱石先生の追憶
(新字新仮名)
/
寺田寅彦
(著)
早稲田
(
わせだ
)
あたりを卒業したばかりの文士で、毎月百円内外の手当を
貰
(
もら
)
い、清岡の口述する小説を筆記して原稿を製作すると、それを駒田という五十年輩の男が新聞社や雑誌社へ売込みに行く。
つゆのあとさき
(新字新仮名)
/
永井荷風
(著)
春廼舎もまた
矢継早
(
やつぎばや
)
に『小説神髄』(この頃『書生気質』と『小説神髄』とドッチが先きだろうという疑問が若い読書子間にあるらしいが、『神髄』はタシカ
早稲田
(
わせだ
)
の機関誌の『中央学術雑誌』に初め連載されたのが後に単行本となったので、『書生気質』以後であった。)から続いて『
妹
(
いも
)
と
背
(
せ
)
鏡
(
かがみ
)
』を
二葉亭四迷の一生
(新字新仮名)
/
内田魯庵
(著)
きょうはさいわい昼から
早稲田
(
わせだ
)
の学校へ行く日で、大学のほうは休みだから、それまで寝ようと言っている。
三四郎
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
私
(
わたし
)
が
早稲田
(
わせだ
)
にいると言ってさえ、先生には早稲田の方角がわからないくらいである。
深田君
(
ふかだくん
)
に
大隈伯
(
おおくまはく
)
のうちへ呼ばれた昔を注意されても、先生はすでに忘れている。
ケーベル先生の告別
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
その秋余は西片町を引き上げて
早稲田
(
わせだ
)
へ移った。長谷川君と余とはこの引越のためますます縁が遠くなってしまった。その代り君の著作にかかる「
其面影
(
そのおもかげ
)
」を買って来て読んだ。
長谷川君と余
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
ちょうど大学の三年の時だったか、今の
早稲田
(
わせだ
)
大学、昔の東京専門学校へ英語の教師に行って、ミルトンのアレオパジチカというむずかしい本を教えさされて、大変困ったことがあった。
僕の昔
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
私が
早稲田
(
わせだ
)
に帰って来たのは、東京を出てから何年ぶりになるだろう。私は今の
住居
(
すまい
)
に移る前、
家
(
うち
)
を探す目的であったか、また遠足の帰り路であったか、久しぶりで偶然私の旧家の横へ出た。
硝子戸の中
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
“早稲田”の解説
早稲田(わせだ)は、東京都新宿区の広域地名。
(出典:Wikipedia)
早
常用漢字
小1
部首:⽇
6画
稲
常用漢字
中学
部首:⽲
14画
田
常用漢字
小1
部首:⽥
5画
“早稲田”で始まる語句
早稲田文学
早稲田南町
早稲田鶴巻町