くす)” の例文
もっと強い烈しい秘密なくすぐったいような快さが、きっと私が雪駄に足をふれさせた瞬間から、私の全身を伝ってくるにちがいない。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「寝ようッたって寝かしゃしないわよ。———浜さん、まアちゃんを寝かしちゃ駄目よ、寝そうになったらくすぐってやるのよ。———」
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
甲田と福富とは帰りに一緒に玄関から出た。甲田は『うです、秘伝を遣りましたか?』と訊いた。女教師はくすぐられたやうに笑ひ乍ら
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
狹い家は表から裏まで筒拔け、井戸端にゐる平次の女房のお靜は、それをくすぐつたく、面白く、そして少しは極りが惡く聽いてゐたのです。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
女の青いしまのはんてんを羽織って立っている私は、きりわきの下を刺されくすぐられ刺されるほどに、たまらない思いであった。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
沼南の傍若無人の高笑いや夫人のヒッヒッとくすぐられるような笑いが余り耳触みみざわりになるので、「百姓、静かにしろ」と罵声ばせいを浴びせ掛けられた。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
降らないでもない、糠雨ぬかあめの中に、ぐしゃりと水のついた畔道あぜみち打坐ぶっすわって、足の裏を水田みずたのじょろじょろながれくすぐられて、すそからじめじめ濡通って
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
素脚の足の裏につめたい、やはらかな、くすぐるやうな感触を楽しむことが出来るのも、もうほどなくのことらしい。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
おかしくも、くすぐッたくもないような顔をして、武蔵は相手が黙るまで喋舌しゃべらせておいたが、果てしがないので
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くすぐったげな、それでいてどこかで私も経験したような、妙に歪んだ笑い顔を、むりにこらえているのであった。
庸三は若い記者の思いやりを、一応感謝はしたものの、くすぐったくもあった。にわかに庸三は憂鬱ゆううつになった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
樫田刑事は、まるでくすぐられたゴリラのような珍妙な顔をして、まじまじと龍介君を見守るばかりだった。
謎の頸飾事件 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何となく馬鹿々々しくくすぐったいのだ。いやにしとやかに陽に光って、さわるとぺこんとへこみそうな、ふっくらとした水の肌——こいつは落ちても痛くないぞ。
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
そうしてその中からまた新らしい金口きんぐちを一本出してそれに火をけた。行きがけの駄賃だちんらしいこの所作しょさが、煙草たばこの箱を受け取ってたもとへ入れる津田の眼を、皮肉にくすぐったくした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ともすれば又もくすぐられそうになる気持ちを肩で呼吸いきをして押え付けながら……。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と、小さい声でささやきながら、啓吉は、伸一郎の腋の下をくすぐった。擽ぐりながら、二人はころころ転げまわった。啓吉は冷たい畳の上を伸一郎と転がりながら、あくびまじりに涙が溢れた。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
雪は上から陽光にいためつけられ、地から萌えるぬくもりにくすぐられた。いたたまれないのである。冬は、もはやその座を次のものに譲らねばならなかった。存在を許されぬときになっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ふと葉子はくすむるようなものを耳の所に感じた。それが音響だとわかるまでにはどのくらいの時間が経過したかしれない。とにかく葉子はがやがやという声をだんだんとはっきり聞くようになった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
新「おい冗談じゃアねえ、折角の興が醒めらア、止せ、くすぐるぞ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
正覚坊ふふと笑へりうららかにくすぐらるればうれしきものか
真珠抄 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「いや、御免だ。くすぐるのは御免だ。降参、降参」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
改った兵器曹長の号令が鼻毛をくすぐる
動員令 (新字新仮名) / 波立一(著)
「止さないかよ、馬鹿々々しい、お前がそんな格好をしたって、少しも色っぽくなんかなりゃしないよ、くすぐっ度い野郎だ」
私は不安なくすぐられるような時を送った。戸外にはれいの男が立って、ときどき、そこらを歩いているようだった。
或る少女の死まで (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と、稲吉が、何の気もなくいったことば、日本左衛門の黙りこんでいる心の底を、くすぐるように苦笑させました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……土塀の崩屋根くずれやねを仰いで血のような百日紅さるすべりの咲満ちた枝を、涼傘ひがささきくすぐる、とたまらない。とぶるぶるゆさゆさとるのに、「御免なさい。」と言ってみたり。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おさく師匠を始め誰も彼女をようやく二十歳前後と見、それにしては落ち着きのある如才のないお嬢さんだと思っているらしいのを、妙子自身はくすぐったく感じていた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ツイその数日前の或る新聞にも、「開国始末」でえんそそがれた井伊直弼いいなおすけの亡霊がお礼心に沼南夫人の孤閨こけい無聊ぶりょうを慰めに夜な夜な通うというようなくすぐったい記事が載っていた。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そうしてその窮策から出た現在のお手際てぎわくすぐったいような顔をしてじろじろ眺めた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いってみるとその女房は問題の男と寝間の中で、お互いにくすぐったりつねったりして、きゃあきゃあ遊戯にふけっていた。定刻の丑満うしみつになり、ようやく男のほうは疲労のうえ鎮静した。
ゆうれい貸屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その者の談話はなしによると、二人は柔かい牡丹刷毛ぼたんばけわきの下をくすぐるやうなお上手ばかり言ひ合つて、一向談話はなしに真実がこもつてゐないので、一ことでもいゝから真実ほんとうの事を言はしいと思つて
渠はくすぐられる樣な氣がして、俯向いた儘變な笑を浮べて居た。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
こはをかしやはらかなこのわきの下くすぐればふふと笑ふ正覚坊
真珠抄 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「よさないかよ、馬鹿々々しい。お前がそんな恰好をしたつて、少しも色つぽくなんかなりやしないよ、くすぐつたい野郎だ」
……土塀の崩屋根くずれやねを仰いで血のやうな百日紅さるすべり咲満さきみちた枝を、涼傘ひがささきくすぐる、とたまらない。とぶる/\ゆさ/\とるのに、「御免なさい。」と言つて見たり。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
かかり合いになるまいと、船の一隅ひとすみへかたまって縮み上がっていた乗合客は、彼らの狼狽ぶりに、こわばっていた神経のどこかをくすぐられたが、誰もくすりとも声を出さなかった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渠はくすぐられる様な気がして、うつむいた儘変な笑を浮べて居た。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
学堂居士に取っては得意でもあろうがくすぐったくもあろう。
ナオミはそう云って、くすぐったそうに私の顔をのぞき込んで
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すべりかかつた櫓櫂ろかいが波をくすぐる
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
江戸中に響いた捕物の名人ですが、女の一人客が訪ねて來るのは、少しくすぐつたく見えるやうな好い男でもあつたのです。
「忙しい用が? へへへへ」と尺取の十太郎、くすぐッたいような声をだして笑いながら
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内證話のために用意されたやうな小部屋で、同じ四疊半でも、茶よりは酒に相應ふさはしい造りは、主人の人柄も忍ばれて、妙にくすぐつたいものがあります。
大人のお通が泣いたり沈んだりしている平常ふだんの様子は、彼にはただ不可解で、おかしくって、くすぐったくて、理解も同情も持てなかったが、今、武蔵の胸へすがって泣いている者が
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次が行つた時は、下男の幹助と養子の與茂吉に介抱され、口に水を注ぎ込まれたり、脇腹をくすぐられたり、百方手を盡して、漸く正氣づいたところでした。
ガラツ八は脊筋をくすぐられるやうな心持で振り返りました。菊日和の狸穴まみあなから、榎坂えのきざかへ拔けようと言ふところを、後ろから斯うなまめかしく呼止められたのです。
お徳にくすぐられるやうな目に逢はされて、ツイ先刻までポツと醉心地だつたことはおくびにも出しません。
細引にわなこさへたり、結び目をしめしたり、足を伸せば首が縛るやうにしたり、——鳥の羽毛はねくすぐつて
平次の問ひが次第に微妙に精緻せいみつになつて行くのを、三輪の萬七はくすぐつたい顏で聽いてをります。
くすぐられるやうに、ニヤ/\照れかくしの苦笑ひをし乍ら、退散して行く顏が見たくて仕樣が無い