掻乱かきみだ)” の例文
旧字:掻亂
今朝方、あかつきかけて、津々しんしんと降り積った雪の上を忍び寄り、狐は竹垣の下のを掘って潜込くぐりこんだものと見え、雪と砂とを前足で掻乱かきみだした狼藉ろうぜきの有様。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
倒れながらきっとそのおもてを上げると、翼で群蝶を掻乱かきみだして、白いけぶりの立つ中で、鷲はさっと舞い上るのを、血走った目にみつめながら少年はと立った。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雪は風を添へて掻乱かきみだし掻乱し降頻ふりしきりつつ、はや日暮れなんとするに、楽き夜のやうやきたれるが最辱いとかたじけなき唯継の目尻なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
田圃に薄寒い風が吹いて、野末のここ彼処に、千住あたりの工場の煙が重く棚引たなびいていた。疲れたお島の心は、取留とりとめのない物足りなさに掻乱かきみだされていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかもその満足と悔恨とは、まるで陰と日向ひなたのやうに、離れられない因縁いんねんを背負つて、実はこの四五日以前から、絶えず小心な彼の気分を掻乱かきみだしてゐたのである。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
残酷なやうな、可懐なつかしいやうな、名のつけやうの無い心地こゝろもちは丑松の胸の中を掻乱かきみだした。今——学校の連中は奈何どうして居るだらう。友達の銀之助は奈何して居るだらう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
この世から消えてなくなりました。僕は全然恋の奴隷やっこであったからかの少女むすめに死なれて僕の心は掻乱かきみだされてたことは非常であった。しかし僕の悲痛は恋の相手のなくなったが為の悲痛である。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その馬鹿にされたような静けさが、余計私の神経を掻乱かきみだすのだ……。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
露地が、遠目鏡とおめがねのぞさま扇形おうぎなりひらけてながめられる。湖と、船大工と、幻の天女と、描ける玉章を掻乱かきみだすようで、近くあゆみを入るるにはおしいほどだったから……
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さらでも切なき宮が胸は掻乱かきみだれて、今はやうやく危きをおそれざる覚悟もで来て、いつまで草のいつまでかくてあらんや、文は送らんと、この日頃思ひ立ちてけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さあ、丑松はおそれずふるへずに居られなかつた。心はもう底の底までも掻乱かきみだされてしまつたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
えりの返る縞のホワイトシャツの襟元のぼたんをはずして襟飾をつけない事、洋服の上着は手に提げて着ない事、帽子はかぶらぬ事、髪の毛はくしを入れた事もないように掻乱かきみだして置く事
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
到頭たうとう私はソシアル・ダンスとあかい文字で出てゐる、横に長い電燈を見つけることが出来た。往来に面した磨硝子すりガラスに踊つてゐる人影がほのかに差して、ヂャヅの音が、町の静謐せいひつ掻乱かきみだしてゐた。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
然し深い風趣おもむきに乏しい——起きたり伏たりして居る波濤なみのやうな山々は、不安と混雑とより外に何の感想かんじをも与へない——それにむかへば唯心が掻乱かきみだされるばかりである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
総身そうしんふるはして、ちひさなくちせつなさうにゆがめてけると、あふみづ掻乱かきみだされてかげえた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さて何時いつまでかここに在らんと、主の遺骨をいだせしあたりを拝し、又妻のかばねよこたはりし処を拝して、心佗こころわびしく立去らんとしたりしに、彼は怪くもにはかに胸の内の掻乱かきみだるる心地するとともに
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と、掌をもじゃもじゃと振るのが、枯葉が乱れて、その頂の森を掻乱かきみだすように見え
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
尾を地へ着けないで、舞いつつ、飛びつつ、庭中を翔廻かけまわりなどもする、やっぱり羽を馴らすらしい。この舞踏が一斉いっとき三組みくみ四組よくみもはじまる事がある。の花を掻乱かきみだし、はぎの花を散らして狂う。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、耳もきばもない、毛坊主けぼうず円頂まるあたまを、水へさかさま真俯向まうつむけに成つて、あさ法衣ころものもろはだ脱いだ両手両脇へ、ざぶ/\と水を掛ける。——かか霜夜しもよに、掻乱かきみだす水は、氷の上を稲妻いなずまが走るかと疑はれる。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)