惨澹さんたん)” の例文
旧字:慘澹
墓地や鎮守の杜でやる戦争ごっことちがって、次から次へと、眼の前に惨澹さんたんたる破壊のあとが現れるので、彼らはいよいよ興奮した。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
妖艶なお小夜も知らず、その殺された後の惨澹さんたんたる有様も見なかった平次は、後から証拠をたぐるじれったさに閉口している様子です。
芸術家でも時にれられず世からかえりみられないで自然本位を押し通す人はずいぶん惨澹さんたんたる境遇に沈淪ちんりんしているものが多いのです。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山の手はたすかったことが判ったが、とにかく惨澹さんたんたる東京の被害実状が次々に報ぜられた。復一は一応東京へ帰ろうかと問い合せた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
鳴雪翁の一句を得るに苦心惨澹さんたんせらるると、飄亭君の見るもの聞くものことごとく十七字になるのとはすこぶる我ら二人を驚かすものがあった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それは天日もなくなったような惨澹さんたんたるものであった。王はあわてふためいて何をすることもできなかった。ただ泣いて竇の方を向いていった。
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
苦心惨澹さんたんして集めた手がかりと報道の上に立っても、ついに彼の正体と所在へは法の手が届かなかったのだ。それもけっして広い区域ではない。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
以前は御祝いの日の附き物であった例の小間物屋開店などの惨澹さんたんたる光景も、知らずにしまう女子供が多くなってきた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
高低さまざまな泣き声が、惨澹さんたんたる諧調をつくりながら、いつまでも続く。ひとりが、含嗽うがいをするような声で叫んだ。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
折角苦辛惨澹さんたんしてこしらえ上げた細密なる調査も、故池辺三山いけべさんざんが二葉亭歿後に私に語った如く参謀本部向き外務省向きであって新聞紙向きではなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
二郎君の恋がどんなに熱烈であったか、したがってその失恋が如何に惨澹さんたんたるものであったかということを知るに及んで、僕は悟るところがあった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
山から持って来た私の仕事が意外な反響を世間に伝える頃、私の家では最も惨澹さんたんたる日を送った。ある朝、私は新聞をふところにして、界隈かいわいへ散歩に出掛けた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして、そう思って見る時、公の面貌に甚だ悲壮な、惨澹さんたんたる懊悩おうのうの影が現れ、勇ましい鎧武者の姿が、残虐な桎梏しっこく呻吟しんぎんしている囚人の如くに映じて来る。
一方ではこういううわさが高かった。由来、このあたりでは村人の反感を買った人物はしばしばこの「担がれる」なる名称の下に、世にも惨澹さんたんたるリンチに処せられた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
それだけに、こう責めつけられると、進退きわまったかの如く、惨澹さんたんたる唇を噛むばかりだった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一面に焼け木の横たわる惨澹さんたんたる屋敷跡に、今し激しい斬りあいが始まっているではないか。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
今までの惨澹さんたんたる悪闘も全然忘れてしまったように、落ち着き払って出て行ってしまった。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
四十年間、私は奴隷の一日として絶える事の無かった不平の声と、謀叛むほん、無智、それに対するモーゼの惨澹さんたんたる苦心を書いて居ります。是非とも終りまで書いてみたいのです。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
苦心惨澹さんたんの文を数ページ、信用してるえらい新聞記者に見せたところが、嘲笑ちょうしょうされてしまった。深く屈辱を感じて、それ以来は、自分のしてることをもうだれにも語らなかった。
これはわが国農村婦人の惨澹さんたんたる運命を説明する病気で、なんら医薬の助けを借りないむちゃな難産をした後、あまりに早く過激な労働につくことから生ずるものであるが、その他
気を滅入めいらす氷雨ひさめが朝から音もなく降りつづいていて、開け放たれた窓の外まで、まるで夕暮のように惨澹さんたんとしていたが、ふと近所のラジオのただならぬ調子が彼の耳朶じだにピンと来た。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
一、自ら俳句をものする側に古今ここんの俳句を読む事はもっとも必要なり。かつものしかつ読む間には著き進歩を為すべし。己の句に並べて他人の名句を見る時は他人の意匠惨澹さんたんたる処を発見せん。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
惨澹さんたんたる争いの後、いかばかり切実な祈念が、かかる鷹揚の信仰を開顕したか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
農産物はその種類の何たるを問はず低廉無此るものは市場いちばへ出荷するもその運賃さへとれぬやうな次第ことに当地方のいちご耕作者のごとき実に惨澹さんたんたるものにて破綻はたん又破綻、目も当てられぬ有様
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
然るにフランス公使は、土佐の人々が身命を軽んじて公に奉ぜられるには感服したが、何分その惨澹さんたんたる状況を目撃するに忍びないから、残る人々の助命の事を日本政府に申し立てると云った。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
江戸の都人は最も惨澹さんたんたる天変地妖てんぺんちように対してもまた滑稽諧謔の辞をろうせずんばあたはざりしなり。滑稽の精神は徳川時代三百年を通じて一貫せる時代精神の一部たりしやついふべからざるなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
源吉は、この惨澹さんたんたる轢殺の戦慄に、不感症となって来たのだ。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
まるで爆撃されたような惨澹さんたんたる光景であった。
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それからあとは惨澹さんたんたるものであります。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その作品が熱狂的な歓迎を受けたのは、壮年期のほんのしばらくの間で、中年時代は実に惨澹さんたんたる非運の連続であった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
長塚はひたいに八の字を寄せて、行ったんですけれども、とても駄目です、惨澹さんたんたるものです、きたない所でしてね、妻君さいくん刺繍ぬいをしていましてね、本人が病気でしてね
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『あいびき』の訳文の価値は人によって区々の議論があろうが、苦辛惨澹さんたんは実に尋常一様でなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
苦心惨澹さんたんするのは勿論そうあるべきである、がしかしこれを現す時にはこれを客観写生の上に立って、自然に、円滑に、その感懐を運ぶに足る事実の描写をすべきである。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
オーベルは有頂天になって、なおそれだけでは満足しなかった。彼はコルネイユ師の限りない我慢を利用し、やがて図にのってきた。苦心惨澹さんたんの原稿を読んできかせまでした。
その声が何かしら惨澹さんたんたる哀調をおびていたので、速水はふと、この五十男を探求してみる気になった。むろん、このぼろ男は、こじきとまでいわれているのだから、ゆすりの種にはならない。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
当てられてはたまらないから、いかに貧的ひんてきな顔をしようかと、苦心惨澹さんたん
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
眼を見合せて惨澹さんたんたるかおの色。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ベルリオーズの惨澹さんたんたる生活は、早くもこの時から始まったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)