息吹いぶき)” の例文
それ以来この家には住む人もなく、すべて生命の息吹いぶきを伝える人のなくなった住居に見られるとおり、しだいに荒廃に帰してしまった。
天国の息吹いぶきを吸われた変貌の山から下りて見れば、これはまたなんという混乱無信仰の下界であるか。イエスは深く嘆じて言われました
罪のない花を汚し——その清淨さに罪の息吹いぶきをかけようとした、すると神はそれを私から奪ひ取つておしまひになつたのだ。
そこには良人の息吹いぶきがある、良人の呼びかける声がある、なにかしら自分に関したことも書いてあったような気さえする。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それだけに、おごそかな天の荒ら息吹いぶきを真向にうけるのだから、弱虫やなまけ者、卑劣漢や臆病ばらには、とうてい辛抱しきれるものではあるまい。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
そういう息吹いぶきが炎のようにもつれあって、静かに虚空こくうへ立ちのぼる相をそのままに結晶せしめたのが塔なのであろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
のツホウホー、人魂ひとだま息吹いぶきをするとかいふこゑに、藍暗らんあん紫色ししよくたいして、のりすれ、のりほせのないのは木菟みゝづくで。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
若くして恋慕の息吹いぶきをかけられなかったと同時に、年老いても罪深い女人どもの懺悔ざんげを聞いてやらねばならぬ加特力カトリックの坊主の役をつとめなくともかったのである。
(新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
この部屋の陰気な家具——吹きつのってくるあらし息吹いぶきに吹きあおられて、ときどき壁の上をゆらゆらと揺れ、寝台の飾りのあたりで不安そうにさらさらと音をたてている
そして、その場合には、気の毒なビレラフォンは、少なくとも、その怪物の息吹いぶきでひどい火傷やけどをして、その上十中八九までは、殺されて、食われてしまっていたことでしょう。
名手が出て息吹いぶきを取戻す日が待たれます。九谷の未来には希望を抱かざるを得ません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
種々の男の息吹いぶきがかかってる彼女の肉体、自分の肉体を資本に生きてる彼女の生活、そういう風に抽象的に見た彼女のうちに、不快な五百円を投じ去るのに最も好都合な場所があり
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
朽ちないものへ、あえて自分で自己を書いた老公の心理には、寿碑を建つほど生きてもなお——何かなおこの世に息吹いぶききれないものを、抱いておられるのではないかと人々は察してみた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
文楽ぶんらくの人形芝居で、一日の演技の内に、たった一度か二度、それもほんの一瞬間、名人の使っている人形が、ふと神の息吹いぶきをかけられでもした様に、本当に生きていることがあるものだが
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お清書の直しに朱墨しゅずみの赤丸が先生の手でつけられてゆくのを見ていると、屏風の絵の寒山拾得かんざんじっとくとおんなじような息吹いぶきをしているように、子供心にも老人の無為の楽境を意識せずに感じていた。
同じやうに、荘重な息吹いぶきが天上にも聞かれ、夜が、神々しい夜が、厳そかに更けて行く。妙なるしろがねの光りに包まれた地上もまた美しかつた。だが、最早それに見惚れる人の子は一人もなかつた。
だが、はたの人にやきもきされて、それで何とかなるなど、田舎娘いなかむすめだとはいえ、新しい時代を生きようとしている修造たちの息吹いぶきにふれてきた茂緒にとっては、阿呆あほらしくて問題にならなかった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
この家に智恵子の息吹いぶきみちてのこりひとりめつぶるをいねしめず
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
春まひる隣に聽きてひそけさよ珠數みがく子らが息吹いぶきためつつ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
息吹いぶきとはかん火ぞ、これは。
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
真ツ赤な気孔の息吹いぶきの前に
軒端のきばを見れば息吹いぶきのごとく
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
息吹いぶきまどはす秋風よ
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
時とすると、息吹いぶきのように父が自分のそばを通って、耳に何かささやくかと思われた。彼はしだいに異常な気持ちになっていった。
かような歌にこそ、光明皇后の親しい音声が、すなわちいのちの息吹いぶきがこもっていると思うからである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
しかしこの窯は昔はなかなかよい雑器を焼きまして、その青土瓶や絵土瓶などは忘れ難いものであります。もっと実際に使う台所道具に帰るなら、また昔の息吹いぶきを取戻すでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
おう、この兇悪な動物は、実に限りない害をしました! その燃える息吹いぶきで以て、それは森林を火の海と化し、穀物畑を焼き尽し、あまつさえ、村をも、垣根や家もろともに焼き払いました。
がしだいしだいに——ごくゆっくりと——言いようのない嫌悪の情をもってその猫を見るようになり、悪疫あくえき息吹いぶきから逃げるように、そのむべき存在から無言のままで逃げ出すようになった。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
また贈答歌を通読するに、宅守よりも娘子の方がたくみである。そしてその巧なうちに、この女性の息吹いぶきをも感ずるので宅守は気乗きのりしたものと見えるが、宅守の方が受身という気配けはいがあるようである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
春まひる隣に聴きてひそけさよ珠数みがく子らが息吹いぶきためつつ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
岩手の山の源始の息吹いぶきに包まれて
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
息吹いぶきまどはす秋風よ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
息吹いぶきがちがう。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何らの喝采かっさいも起こらなかったが、低いささやきが長く続いた。言葉は息吹いぶきである。それから来る知力の震えは木の葉のそよぎにも似ている。
またこの円柱は光りばかりでなく、千二百年のあいだ、金堂にもうでた人々の息吹いぶきや体臭や衣の香りまでも吸い込んでいるにちがいない。感触が柔く、どこかに暖かさがこもっている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
こがらしの背戸に音やむ小夜ふけて温罨法の息吹いぶき眼に
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
尋問を行なう公衆の激昂げっこう、いかに答うべきかを知らなかったカペ(ルイ十六世)、その陰惨なる息吹いぶきの下にある王の頭の呆然ぼうぜんたる恐ろしい揺らぎ
息長おきなが野分のわき息吹いぶき遠空にきざせどもあかしこの牧はまだ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それはただ息吹いぶきであった。それ以上のものではなかった。その息吹だけですべて自然を乱し感動させるに足りた。
ややありて、息吹いぶきのゆめもやはらかに
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
アンジョーラはカラビン銃の銃口に片肱かたひじをついて舗石しきいしの段の上に立っていた。彼は考え込んでいた。そしてある息吹いぶきを感じたかのように身を震わしていた。
ここ過ぎて、我が息吹いぶき蘇らむ。
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そうぞうしい熱い空気が私の顔に吹きつけてきた。重罪裁判廷の群集の息吹いぶきだった。私は中にはいった。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
かうひぬ、苦熱の息吹いぶき
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
愛に貫かれてるそれらの息吹いぶきの中に、反照と反映との行ききの中に、光の驚くべき濫費らんぴの中に、黄金の液の名状し難い流出の中に、無尽蔵者の浪費が感ぜられた。
ひと息吹いぶきちからある
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それは凍った空気の息吹いぶきのようだった。人々は皆口をつぐんだ。何か起こりかけていることを皆感じた。
人の言葉はようやく一つの息吹いぶきにすぎなかった。新聞は客間と一致して一つの草双紙にすぎないらしかった。若い人々もいたが、それもみな多少死にかかっていた。