壁際かべぎわ)” の例文
葉子は顔をほてらせていた。そして庸三が出ようとすると壁際かべぎわにぴったり体を押しつけて立っていながら、「くちびるを! 唇を!」と呼んだ。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
緑色の衝立ついたてが病室の内部をふさいでいたが、入口の壁際かべぎわにある手洗の鏡に映る姿で、妻はベッドに寝たまま、彼のやって来るのを知るのだった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
壁際かべぎわ籐椅子とういすった房子ふさこは、膝の三毛猫みけねこをさすりながら、その窓の外の夾竹桃へ、物憂ものうそうな視線を遊ばせていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
宗助はこごんで、人の履物はきものを踏まないようにそっと上へのぼった。へやは八畳ほどの広さであった。その壁際かべぎわに列を作って、六七人の男が一側ひとかわに並んでいた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女は背後うしろ壁際かべぎわに置いてある鏡台の前へ往って、ちょっとしゃがんで顔を映し、それから玄関の方へ往った。それを見て順作も引きずられるようにいて往った。
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
で、稲吉がうしろの者へ目くばせをすると、スルスルと壁際かべぎわを這った四、五人が、その足と両わきの方へ廻って、ギラリと一斉に匕首あいくちを抜いて逆手に持ちます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「十三人!」たしかに、全員が、入口に近い壁際かべぎわに、ひらめのように、ピッタリ、附着しているのであった。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いずれも大部のものと思われる種々なる洋書が座敷の壁際かべぎわに高く積重ねてあるらしい様子であった。
動悸どうきがこれ以上強まらないようにすることが急務だと感じて、それきり妙子とは物を云わず、天井の明りを消すためによろめきながら壁際かべぎわへ行ってスイッチを切ってから
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして壁際かべぎわひざまずいてお祈りをすまして学校に出かける。洗面器は売ってしまったので顔を洗うことが出来ないから、顔は途中にある湯島公園の便所の出口の手洗鉢てあらいばちで洗った。
正太顔を赤くして、何だお六づらや、喜い公、何処が好い者かと釣りらんぷの下を少し居退ゐのきて、壁際かべぎわの方へと尻込しりごみをすれば、それでは美登利さんが好いのであらう、さう極めて御座んすの
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
とうとう壁際かべぎわまで押しつけた。僕は、なんだか、ばからしくなって来た。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
壁際かべぎわや、暖炉だんろ周辺まわりには病院びょういんのさまざまの雑具がらくた古寐台ふるねだいよごれた病院服びょういんふく、ぼろぼろの股引下ズボンしたあおしま洗浚あらいざらしのシャツ、やぶれた古靴ふるぐつったようなものが、ごたくさと、やまのようにかさねられて
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
壁際かべぎわまでは二間半、槍の長さも二間半、——人間の身体はしゅを盛った皮嚢かわぶくろのようなもので、突けば間髪をれずに血が流れる、お駒はとこの向う側で突かれて、此方こっちころがって来たのでないことは
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
銃声一発——大尉と学士とは、壁際かべぎわから同体にからみあったまま、ズルズルと音をさせて、横にたおれた。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
官位も剥奪はくだつせよといわれて、いよいよ、壁際かべぎわへ押しつけられた形だから、このままでは済むまいとか。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
映画会社の廊下を廻り演出課のルームに入っても、彼は影のように壁際かべぎわたたずんでいた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
と逃げもせぬ、おれを壁際かべぎわし付けた。諸方を見廻してみると、膳の上に満足な肴の乗っているのは一つもない。自分の分を奇麗きれいに食いつくして、五六間先へ遠征えんせいに出た奴もいる。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
銀子は咽喉のどに湿布をして、右の顎骨あごぼねあたりの肉が、まだいくらかれているように見えたが、目にもうるみをもっていた。そして「今晩は」ともいわず、ぐったり壁際かべぎわの長椅子にかけた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
壁際かべぎわの椅子にしょんぼり腰をかけていた稍々やや年増としまのダンサーが、キャーッと悲鳴をあげると何ものかを払いのけるような恰好をし、おどろいてダンスをめて駈けよる人々の腕も待たず
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は壁際かべぎわによって、そこの窓を開けてみた。窓のすぐ下に花畑があって、スミレ、雛菊ひなぎく、チューリップなどが咲きそろっていた。色彩の渦にしばらく見とれていると、表から妹が戻って来た。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
中佐は、壁に背をつけたままスルスルと、かに横匍よこばいのように壁際かべぎわすべっていった。そして軈て中佐がピタリと止ったのは、「司令官室」と黒い札の上に白エナメルで書かれた室だった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
壁際かべぎわの斜めに掛った細い梯子はしごによって、昇降ができるようになっていた。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
やみまぎれて、四名は赤見沢研究所の建物の壁際かべぎわにぴったり取付いた。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)