呂律ろれつ)” の例文
と、呂律ろれつのまわらない声をつづけながら、そこで息もやすまずに、元来た道のほうへ向って、また、のめるように駈け戻って行く。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少年がナリン太子とわかった時分から私の呂律ろれつはだいぶ怪しくなってきていたが、それでもまだまだ私は飲み足りん気がしていた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「はや、足腰もよう利かんで、さし掛傘も杖のうちじゃ。意気地はないの、呂律ろれつもよう廻らん、大分に嘘をついたからの、ははは。」
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
呂律ろれつも廻らない声でお絹の名を呼びながら、庭下駄を穿いてこちらへ来るらしいのは、まさしく酒乱の神尾主膳の声であります。
「橋がかりはなげえやな、バッタリバッタリ呂律ろれつの廻らねえような足取りで歩くのは、江戸中捜したって、八五郎の外にはねえ」
然し、私の呂律ろれつはまわらなかった。私の舌はもつれ、殆ど、言葉を思うように表現することが、七分通り不可能になっていた。
小さな山羊の記録 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
愛之助は廻らぬ呂律ろれつで一通り事の次第を話したあとで、込み上げて来る涙を隠そうともせず、丁度泣き上戸じょうごの様に、メソメソしながら続けた。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鼓や笛の音が、杉の樹立に高く反響し、姉妹のうたう声の、澄みとおるような、美しい呂律ろれつが、これらのうえに、神秘的な印象を与えていた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
クリストフは呂律ろれつの回らぬ叫び声をたてていた。その手は毛布を握りしめながら、そこに物を書くような格好をしていた。
だ腹を抱えていて呂律ろれつが廻らない。何がそんなに可笑しいのだろう? 元来が蒟蒻で、それが化物と来ているのだから到底要領を得難かった。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「負けたのよ。あなたは、負けたのよ。」かん高く叫んで、多少、呂律ろれつがまはらなかつた。よろめいて、耳をふさぎ
火の鳥 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
一番最後に来たのは、年が新らしくなつた四日目か五日目の事で、呂律ろれつの廻らぬ程酔つて居たが、本郷に居ると許りで、詳しく住所を云はなかつた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
呈したかというと彼は舌が短かすぎるのか長すぎるのか呂律ろれつが少々廻り兼ねる善人なる故に I beg your pardon という代りに
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この町のずッと奥の方に、近ごろ出来た石鹸せっけん工場の職工らしい酔漢よっぱらいが、呂律ろれつの怪しい咽喉のどで、うたうたって通った。空車をいて帰るだるい音などもした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
述懐はかへつて敬之進の胸の中を軽くさせた。其晩は割合に早く酔つて、次第に物の言ひ様もくどく、しまひには呂律ろれつも廻らないやうに成つて了つたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
数えきれぬほどいる何とも言えない酔っ払いども、——ぼろっきれを着て、顔に打傷をつけ、どんよりした眼をして、呂律ろれつの廻らぬ舌でしゃべりながら
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
呂律ろれつのまわらない口でこんなことを頻りに繰返して呶鳴っているので、店の者はみんな困っているようでした。そのうちに誰かが呼んで来たのでしょう。
蜘蛛の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「おや? 幻影で、いったいなにが悪いんです? これはアンタさんのお言葉とも思えないね」ガブ飲みのせいか、すでに大チャンは呂律ろれつがあやしかった。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
呂律ろれつの怪しい歌を一寸やめては、参右衛門は清江の枕を揺り動かすようだ。それが二三度つづいたときだった。
彼はまだ呂律ろれつのまわらぬ舌で、切符売場の窓口にからみついた。ひどく飲みつづけていたらしい。飛行機なんか、もうとっくの昔に乗りおくれてしまっている。
暗号数字 (新字新仮名) / 海野十三(著)
福は呂律ろれつの乱れた声で言いながら、もう上衣を脱いでいた。福は相当に酔っていた。五郎も立ち上った。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
時には一合五しゃくにふえた酒のわざで、ろくに呂律ろれつのまわらぬ浄瑠璃じょうるりをあやつるようなこともあった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
こう言ってバイエルタールは、妙にぎらぎらする瞳でマヌエラを見えた。魔烟まえんのために、大分呂律ろれつが怪しくなっているし、調子も、うきうきと薄気味悪いほどである。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
呂律ろれつも廻らず、そのまま文字にうつすこともならぬが、彼が若い時、郷里へ帰つて貰つた女房を連れ、大阪へ戻る途中、花嫁である彼女が姫路のステーションで新聞を買つて
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
すると門番が敲くは敲くはと云いながら出て来て酔漢のくだくようなたわいもない事を呂律ろれつの廻らぬ調子で述べ立てる。これが対照だ。対照も対照も一通りの対照ではない。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
老人は、こう唾罵だばを飛ばしながら、おいおい、呂律ろれつがまわらなくなって来た。が、なおも濁った目に懸命の憎悪ぞうおを集めながら、足を踏み鳴らして、意味のない事を叫びつづける。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「だ、だ、だ、だ、誰れぢや」と、北劍はどもりと醉ひとの爲めに呂律ろれつがまはらない。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
天心先生はお酒をのむと相当呂律ろれつが廻らなくなるので何を言ってるのか聞きとれないが、聞きとれてもどういう意味か子供の私には解らなかったろうから、既にその時に記憶はない。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
北の方が先ず驚いたのは、主人の国経が常になく酔態すいたいをさらけ出し、だらしない恰好で何か呂律ろれつの廻らない濁声だみごえを挙げていることであったが、左大臣もそれに劣らず酔っているらしい。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それが不思議に、酒を飮み始めてからは案外によく聞え出して、後では平常通りの聲で話が通ずる樣になつた。そして今度は向うで言ふ呂律ろれつが怪しくなつて、私の耳に聞き取りにくくなつて來た。
山寺 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
やあ、待ってました、さあさあ、こちらへ、と呂律ろれつもあやしい口調で、女ども、酒をどんどんはこべ、と阿部は自分の前のコップをとり、さあ、大きいので行こう、と彦太郎の眼の前につき出した。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「おまえ、気は確かかえ。どうしたのです。わたしの言うことが聞こえないのですか。それとも分からないとでもお言いなのですか。お蔭さまで、わたしはまだ正気でいるし、呂律ろれつもちゃんと廻っているのですよ」
定次郎は次第に呂律ろれつが廻らなくなって来た。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
呂律ろれつもちゃんといくらかよくなって。
「——わかたなは、あんやたい——」若旦那は、ありがたいか、暖かな、あの屋台か、五音ごいんが乱れ、もう、よいよい染みて呂律ろれつが廻らぬ。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二十一になつても呂律ろれつの廻らねえのが、殿樣にせがんで、中間の半次といふのと一緒に、同じ船の中に居たからたまりません
諸戸もその同じ不吉な言葉を繰返している内に、麻酔剤の利いて来る様に、段々呂律ろれつが廻らなくなってきてそのままグッタリとなってしまった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そしてまず子供の耳を引張りながら、呂律ろれつの回らぬ早口で、子供が父にたいしていだくべき尊敬について説教を始めた。
あのだみ声の呂律ろれつでも、足踏みのしどろもどろでも分る通り、酒という魔物が手伝って、あれをああさせているのだ。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「負けたのよ。あなたは、負けたのよ。」かん高く叫んで、多少、呂律ろれつがまわらなかった。よろめいて、耳をふさぎ
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「そのかたは何うしても正確に仰有れなかったのでございます。そこで、あの男は呂律ろれつが廻らないから少し足りないのだろうということになりました」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
あおったウイスキイの酔いで、目がとろんこになり、足も少しふらつき気味で、呂律ろれつも乱れがちに、でれんとした姿で庸三のそばに寄って来ることもあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
呂律ろれつが廻らなくなることは同じことだが、理性は案外シッカリしていて、ちょッとした大言壮語するぐらいで、大人のように取り乱した酔い方はしないものだ。
そしてそのまた隣りでも。——三軒めの役人は酔っているとみえて呂律ろれつが怪しい、「おれをよく眺めろ」
まあ一ぱい、おや僕が飲めと云うのに……などと呂律ろれつまわりかねるのも一人二人ひとりふたり出来て来た。少々退屈たいくつしたから便所へ行って、昔風な庭を星明りにすかしてながめていると山嵐が来た。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
呂律ろれつの乱れた声であったけれども、それは目が覚めるほど鮮かな肉体の声であった。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
反逆の呂律ろれつの手ほどきをしてくれたのはこの父ではなかつたか。その頃まかれた種は芽生えようとしてゐる。燐寸工場で刷板部すりはんぶの勇敢な女工の組織を彼女が中心になつて始めてゐたのだ。
反逆の呂律 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
譚はテエブルに頬杖ほおづえをつき、そろそろ呂律ろれつの怪しい舌にこう僕へ話しかけた。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今までぐでん/\に酔いしれていた国経は、急にかつを入れられたようにしゃんとして立っていた。言葉も呂律ろれつが廻らなかったのが、てきぱきした物云いで、りん/\と響き渡るように云った。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「おかしいな! 呂律ろれつが、廻らなくなってきたぞ」
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)