凝然じっ)” の例文
パチリとはしないが物思に沈んでるという気味があるこの眼に愛嬌あいきょうを含めて凝然じっ睇視みつめられるなら大概の鉄腸漢も軟化しますなア。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
姉のことを考えたり会いたくなったりしたとき、私はこれを出して凝然じっと姉のやさしい顔や言葉に触れるような思いをして楽しんでいた。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
凝然じっと前方へ注がれている。しかし眠っているらしい。ただ足ばかりが機械的に動く。階段の前へ来たかと思うともう階段を昇っている。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すると、法水は鉄柵ドアから背を放して、凝然じっと相手の顔を見入りながら、まさに狂ったのではないかと思われるようなことを云い放った。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
私は大の字なり凝然じっとしたまま、まぶたを一パイに見開いた。そうして眼のたまだけをグルリグルリと上下左右に廻転さしてみた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
顔じゅう繃帯に覆われ、月代さかやきは、百日鬘ひゃくにちかずらのように伸び放題。狂的に光りかがやく眼が、いつも凝然じっと千浪を見守って。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私は凝然じっと固くなって其に耳を澄ましていると、何時いつからとなくお囃子はやしの手が複雑こんで来て、合の手に遠くでかすかにキャンキャンというような音が聞える。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その時に、盲法師の弁信が、凝然じっとして郡代屋敷の塀際に突立ってしまいました。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、ただ無意識で正直な挨拶をしながら、自分は凝然じっと少年を見詰めていた。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この有様を一と目、暫らくは凝然じっとして立ちすくむばかりです。
北川氏はこういって、凝然じっと相手の目に見入ったのだった。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「断然このけがれたる内地を去って、北海道自由の天地に投じようと思いましたね」と言った時、岡本は凝然じっと上村の顔を見た。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
幡江は法水を振り向いて、その眼を凝然じっと見詰めていたが、泣くまいと唇を噛んでいるにも拘らず、やがて二筋の涙が、頬を伝って流れ落ちた。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
入れ代り立ち代り浮かみあらわれて来るのを、まぶたの内側にシッカリと閉じ込めながら、凝然じっと我慢していたのであった。
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そう言って、凝然じっとして見戍みまもっている児太郎は、しだいに、その眼底に髣髴ほうふつする焦燥をありありと燃え立てさせた。弥吉は、からだのすくみを感じた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「…………」ムリオは凝然じっと私を見詰め、蒼褪あおざめた唇をわななかせたが、卒然と床へ膝をついた。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、お艶はすぐに、痛みに顔をしかめただけで起きあがろうとしたが、栄三郎はもう武蔵太郎をピタリと鞘に納めて、両手を腰に立ちはだかったまま凝然じっとお艶を見おろしていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何だか深切そうないお祖父じいさんらしいので、此人に聞いたら、偶然ひょっとポチの居処いどころを知っていて、教えて呉れるかも知れぬと思って、凝然じっ其面そのかおを視ると、先も振向いて私のかおを視て
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
背の高い骨格のたくましい老人は凝然じっながめて、折り折り眼をしばだたいていたが、何時いつしか先きの気勢にも似ずさも力なさそうに細川繁を振向いて
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
痲痺した体で眼だけを睜って、その眼で、自分の首に手が掛かるまでの、惨らしい光景を凝然じっと眺めていたんだからね
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
私は凝然じっと狭い庭をながめていた。そして心の中で柿の葉が散ったのを見て寂しくなったという友のことを考えた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
お前はソンナに凝然じっと突立っていてはいけないのだぞ。今夜に限ってこの鏡の前で、そんな風に特別な素振をするのは、非常な危険に身をさらす事になるのだぞ。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ただ凝然じっと見詰めていた。口もとの辺にはいつの間にか、憐れみの微笑さえ浮かんでいた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、再び家の中へ引き返した釘抜藤吉は台所の板の間に凝然じっと棒立ちになって、天井を見上げたまま動こうとはしなかった。凍りついたように天井板の一点から彼の視線は離れなかった。
右手のキューが床の上に落ち、左手もしだいにダラリと垂れていって、開いてあるドアの方を凝然じっみつめているのでした。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
僕は土蔵くらの石段に腰かけていつもごと茫然ぼんやりと庭のおもてながめて居ますと、夕日が斜に庭のこんで、さなきだに静かな庭が、一増ひとしお粛然ひっそりして、凝然じっとして
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
心持ち蒼い顔に、黒い瞳を凝然じっと据えたまま静かに部屋の入口を振返った……が、やがて又おもむろに私の方へ向き直ると、やおら椅子の上に居住居いずまいを正した。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かれはどういう時でも何か用事ありげな容子ようすで動いているが、しかしその用事がなくなると凝然じっと座ってそして物を縫うとか、あるいは口をうごかしているとか
しゃりこうべ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
が、何よりも紋也の瞳に、強く印象されたのは、うつむけた顔の額越しに、凝然じっとみつめている女の眼つきで、よくいえば二粒の宝石であり、悪くいえばまむしの眼であるといえた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼はもはや凝然じっとしていられなくなったように、もどかしげな足取りで室内を歩きはじめたが、突然立ち止って、数秒間突っ立ったままで考えはじめた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
と云いながらボーイは又、凝然じっとうなだれた。その顔を覗き込むようにして私は半歩ばかり近づいた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
多門はそう考えているうちに、頭が冴えて来て、行燈のかげに凝然じっと坐ったきり動かなかった。
ゆめの話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そこで直ぐは帰らず山内のむしい所をってぶらぶら歩るき、何時いつの間にか、丸山の上に出ましたから、ベンチに腰をかけて暫時しばら凝然じっと品川の沖の空をながめていました。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
年はおよそ十七ばかり、地丸左陣を凝然じっと見詰め、じも恐れもせず立っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかし、若い巡査には、左枝の苦悶も、呵責かしゃくにひしめくような有様も、しかもそうしていながら、なにかを凝然じっと見詰めているような気がしてならなかった。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ジメジメした地面の上に横たおしにタタキ附けられた草川巡査は、暫くそのままで凝然じっとしていた。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
表の通りを白いむっちりした二の腕を露わして掃いている、若い細君らしいのが、凝然じっと私どものあとを見送ったりしていた。総てが静かに穏かな、晴れ亘った夏の朝の心に充ちていた。
或る少女の死まで (新字新仮名) / 室生犀星(著)
とまたも誘ってみたがやはり凝然じっと動かない。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
前後左右の暗黒の中に凝然じっとしている者の一切合財が、一つ一つに自分の生命いのちを呪い縮めよう呪い縮めようとして押しかかって来るような気はいが感じられて来たので……。
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
法水は検事を凝然じっと見返して、屍体の顔面を指差した。
後光殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
凝然じっと正面を見詰めていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
塗枕と反対側の床の間の方を向いて、両腕を組んで、両脚を縮めたまま凝然じっと眼を閉じた。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
呼吸をしているのか、どうかすら判然わからない位凝然じっと静まり返っていた。初枝も天鵞絨びろうどの夜具のえりをソット引上げて、水々しい高島田のたぼを気にしいしい白い額と、青い眉を蔽うた。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その赤黄色く光る硝子球ガラスだまの横腹に、大きなはえが一匹とまっていて、死んだように凝然じっとしている。その真下の固い、冷めたい人造石の床の上に、私は大の字なりに長くなって寝ているようである。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
トテも凝然じっとして三十分間も電車に乗っておれない気がしたのであった。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それから四方の窓をすっかりと締め切って真暗にしてしまいますと、今までへやの隅の留り木に凝然じっとして留っていた赤鸚鵡は、忽ち真赤な光りを放って飛んで来て、王の頭の上に停まりました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)