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じようきやく
此日も
宗助は
兎も
角もと
思つて
電車へ
乘つた。
所が
日曜の
好天氣にも
拘らず、
平常よりは
乘客が
少ないので
例になく
乘心地が
好かつた。
『
少しも
乘客を
煩はさんやうに
務めてゐる
俺か、
其れとも
這麼に
一人で
大騷をしてゐた、
誰にも
休息も
爲せぬ
此の
利己主義男か?』
或曇つた
冬の
日暮である。
私は
横須賀發上り二
等客車の
隅に
腰を
下して、ぼんやり
發車の
笛を
待つてゐた。とうに
電燈のついた
客車の
中には、
珍らしく
私の
外に
一人も
乘客はゐなかつた。
……
聞いて、
眞實にはなさるまい、
伏木の
汽船が、
兩會社で
激しく
競爭して、
乘客爭奪の
手段のあまり、
無賃銀、たゞでのせて、
甲會社は
手拭を
一筋、
乙會社は
繪端書三枚を
景物に
出すと
言ふ。
何時もと
違つて、
乘客の
非常に
少ない
時間に
乘り
合はせたので、
宗助は
周圍の
刺戟に
氣を
使ふ
必要が
殆んどなかつた。それで
自由に
頭の
中へ
現はれる
畫を
何枚となく
眺めた。
其上乘客がみんな
平和な
顏をして、どれもこれも
悠たりと
落付いてゐる
樣に
見えた。
宗助は
腰を
掛けながら、
毎朝例刻に
先を
爭つて
席を
奪ひ
合ひながら、
丸の
内方面へ
向ふ
自分の
運命を
顧みた。