あが)” の例文
山にも、川にも、電車にも、林の中の路にも、白く湯気のあがつてゐる町にも、何等の記憶を呼び起すことが出来なかつたのである。
父親 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
わたしの家でも床几を持ち出した。その時には、赤坂の方面に黒い煙がむくむくとうずまきあがっていた。三番町の方角にも煙がみえた。
火に追われて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
谷から渦まきあが飛沫しぶきのような霧に、次第に包まれて来る、足許には白花石楠花しろはなしゃくなげや、白山一華はくさんいちげの白いのが、うす明るく砂の上に映っている。
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
あとには酒肴さはに残りたるを、幸吉飽くまで飲食ひしてまた飛ばんとするに、地よりはたちあがりがたき故、羽翼ををさめ歩して帰りける。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
怒らず激せず喜ばず悲まず平和ならず不平ならざる時、則ち山しずかに水流れ、煙あがり牛帰る。一字不説、目視、心忘る。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
蹈鞴たたらのように狭い峡間を吹き上げて来る、其度毎に烟のような雲がムーッと舞いあがる後から、日光がキラリと映した時には、うそれは雪ではなかった
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
午後ほんを読んで居ると、空中くうちゅうに大きな物のうなり声が響く。縁から見上げると、夏に見る様な白銅色の巻雲けんうんうしろにして、南のそらに赤い大紙鳶おおだこが一つあがって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一片のほのほ烈々れつれつとして、白くあがるものは宮の思の何か、黒く壊落くづれおつるものは宮が心の何か、彼は幾年いくとせかなしみと悔とは嬉くも今その人の手に在りながら、すげなきけふりと消えて跡無くなりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
備前国びぜんのくに岡山表具師幸吉こうきちというもの、一鳩をとらえてその身の軽重羽翼の長短を計り、我身の重さをかけ比べて自ら羽翼を製し、機を設けて胸前にて操り搏飛行す、地よりあがることあたわず
天保の飛行術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
荷馬車の音も耳に入らずに、舞ひあがり舞ひ颺り
暗い天候 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
わたしの家でも床几を持ち出した。その時には、赤坂の方面に黒い煙りがむくむくとうずまきあがっていた。三番町の方角にも煙りがみえた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
心臓形に尖った滑らかな青葉を舐めて、空へあがって行く、その消えぎえの烟の中から、人夫が一人ずつ、荷をしょっては、ひょッくり、あらわれる
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
田舎の街道は車や荷馬車で混雑してゐて、自動車がやつて来る度に、白い埃がぱつとあたりに漲るやうにあがつた。
草みち (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
長い偃松の中を潜りながら、枝から枝へ手足を托して体を運ぶのがなかなか厄介だ。硫黄の粉末のような黄色い花粉が烟のように舞いあがって、息が塞る程苦しい。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
機を設けて胸の前にて繰りつて飛行す、地より直ぐにあがることあたはず、屋上よりはうちて出づ。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夕方、しずかになった墓地に往って見る。沈丁花ちんちょうげ赤椿あかつばきの枝が墓前ぼぜん竹筒たけつつや土にしてある。線香せんこうけむりしずかにあがって居る。不図見ると、地蔵様の一人ひとり紅木綿べにもめんの着物をて居られる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
南条駅を過ぎる頃から、畑にも山にも寒そうな日の影すらも消えてしまって、ところどころにかの砂烟すなけむりが巻きあがっている。
春の修善寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
船は波につれて高くあがつたり低く沈んだりした。時には波が船舷ふなばたに当つてさゝらのやうに白く砕けた。
ある日 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
雪渓が続くか、もなければ大きな瀑があるに相違ないと思った。岩燕が群をなして谷風に舞いあがる木の葉のように飛んでいる。全く壮だなというより外に言葉がない。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
今日は何処どこも入営者の出発で、船橋の方でも、万歳の声が夕日の空にあがって居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
霧は白くかたまって、むくむくと空を目がけてあがって来る、準備の麻の綱を出して、私の胴を縛りつけ、嘉代吉に先へ登って、綱を引いてもらって、岩壁にしがみつきながら、登ったが
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
重太郎は再び枯木をくと、霧は音もせずに手下てもとまで襲って来て、燃えあがる火の光はさながしゃに包まれたるようおぼろになった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
飛びつくとたちまち渦まく水に捉えられた、一、二間流されながらも濡れ羽を震って悶えた、それでも反動で二、三尺空へあがった、助かったと胸を撫で下して見ているうちに、また飛び込んだ
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
時々電光でも迸るように空の何処かがパッと明るくなると、雲のあわただしい擾乱じょうらんが始まる。重く停滞した下層の霧までが翅を得たもののようにすうと舞いあがりながら川下へ飛んでは消える。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
このあたりには大樹が多かった。大樹のそびゆるもとに落葉焚く煙が白くあがって、のお杉ばばあは窟を背後うしろに、余念もなくひえかゆを煮ていたが、彼女かれの耳は非常にさとかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ボツボツとあがって来て、穂高岳の無数の絶壁は、むせんでたおれるように、肩から肩へとりかかって、私たちを圧倒しようとしている、少量の残雪が、日陰の偃松の間に、白く塊まっている
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
重太郎は燐寸まっちっていた。有合ありあう枯枝や落葉を積んで、手早く燐寸の火を摺付すりつけると、溌々ぱちぱち云う音と共に、薄暗うすぐろい煙が渦巻いてあがった。つづいて紅い火焔ほのおがひらひら動いた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
シュウシュウとうなりながら霧に交わってあがってゆく。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
登山してから三日目の夕刻、一同はある大樹たいじゅの下にたむろして夕飯ゆうめしく。で、もうい頃と一人が釜のふたを明けると、濛々もうもうあが湯気ゆげの白きなかから、真蒼まっさおな人間の首がぬツと出た。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
お妙はぢつと思案の末、塔婆にむかひて合掌し、やがて思ひ切つて爐の側へかゝへて行き、それを爐に折りくべて燧石ひうちの火を打つ。塔婆は燻りて白き煙がうづまきあがる。表の雪は降りやまず。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)