鉄拳てっけん)” の例文
旧字:鐵拳
塗料の棒に見入るトラ十のからだに、わずかのすきを見出したのであった。帆村の鉄拳てっけんが、小気味よく、トラ十のあごをガーンと打った。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
卜斎ぼくさい鉄拳てっけんをくったせつなに、仮面めんは二つにられてしまった。そして二つに割られた仮面が、たたみの上に片目をあけて嘲笑あざわらっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分はだいぶ辛抱しんぼうして兄の鉄拳てっけんの飛んで来るのを待っていた。けれども自分の期待は全く徒労であった。兄は死んだ人のごとく静であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「不心得者!」この声と同時にピシリと鉄拳てっけんひらめいた。と、その時、校庭にあるサイレンが警戒警報のうなりを放ちだした。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
怠惰たいだの一団が勉強家を脅迫きょうはくして答案の回送を負担せしめる。もし応じなければ鉄拳てっけんが頭にあまくだりする。大抵たいてい学課に勉強な者は腕力が弱くなまけ者は強い。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
生温なまぬるい四国弁などでぐずぐずいうと頭から鉄拳てっけんでも食わされそうな心持もするし、それにまだその頃は九州鉄道も貫通していなかった頃で交通も不便だし
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
いつも画学と習字にかけては全級誰も及ぶもののない長吉の性情は、鉄拳てっけんだとか柔術だとか日本魂やまとだましいだとかいうものよりも全くちがった他の方面に傾いていた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ニキタはぱッとけるより、阿修羅王あしゅらおうれたるごとく、両手りょうてひざでアンドレイ、エヒミチを突飛つきとばし、ほねくだけよとその鉄拳てっけん真向まっこうに、したたかれかおたたえた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それに、ようすが以前まえとはすっかり違ったね。非常におこるよ。いつだッたか僕が川島男爵夫人バロネスかわしまの事についてさ、少しからかいかけたら、まっ黒に怒って、あぶなく鉄拳てっけん頂戴ちょうだいする所さ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
瞬間、息がとまって、かがみこんだ俺の上に、鉄拳てっけんの雨が降ってきた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
お前の言う事なら、きくかも知れない。いつか、思い切ってこっぴどくやっつけてやったら、どうだい。眼を覚ませ! と言って鉄拳てっけんでも加えてやると、心を改めて勉強するようになるかも知れない。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼の頭を目がけて鉄拳てっけんくらわし
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
竹童の鉄拳てっけんが、目といわず鼻といわず、ポンポン突いてくるので、さすがの蛾次郎も、だんだん色をうしなって顔色まっ青にかわってきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
といったかと思うとパイ軍曹は、らんぼうにも、衛兵のあごに、鉄拳てっけんをガーンとうちこんだ。衛兵は、悲鳴をあげて、その場にたおれてしまった。
地底戦車の怪人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かれきわめてかたくなで、なによりも秩序ちつじょうことを大切たいせつおもっていて、自分じぶん職務しょくむおおせるには、なんでもその鉄拳てっけんもって、相手あいてかおだろうが、あたまだろうが、むねだろうが
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
仮令たとい国のものから譴責けんせきされても、他県のものから軽蔑けいべつされても——よし鉄拳てっけん制裁のために絶息ぜっそくしても——まかり間違って退校の処分を受けても——、こればかりは買わずにいられないと思いました
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
父のひざをばわが舞踏として、父にまさる遊び相手は世になきように幼き時より思い込みし武男のほかは、夫人の慶子はもとより奴婢ぬひ出入りの者果ては居間の柱まで主人が鉄拳てっけんの味を知らぬ者なく
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
少年郎わかものの巨体が大地へ叩きつけられ、ね起きたが、また投げられ、ついに武行者の下となって、その鉄拳てっけんの乱打にウもスもいわなくなった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれまわりを掃除そうじするニキタは、そのたびれい鉄拳てっけんふるっては、ちからかぎかれつのであるが、このにぶ動物どうぶつは、をもてず、うごきをもせず、いろにもなんかんじをもあらわさぬ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
だが、立つやいな魯達の鉄拳てっけんに眼じりを一つ見舞われて「げふっ」と奇妙な叫びをもらした。——ところは状元橋じょうげんきょうの目抜き通り、たちまちまっ黒な見物人の弥次やじ声がまわりをつつむ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
逆らうので、又四郎は二つ三つ彼の顔の真ん中へ鉄拳てっけんを喰らわせておいてから
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いきなり一方の鉄拳てっけんが、風をうならせて宮内の横顔よこがお見舞みまってきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)