酒杯さかずき)” の例文
と、いって、磯五の酒杯さかずきに酒を満たそうとしていたおせい様が、この問答にびっくりして、心配そうな表情かおをお駒ちゃんへ向けた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
取止とりとめもない思いを辿っているうちに、空気が人いきれで重くなって、人々のさざめきや、皿の音や、酒杯さかずき肉叉にくさしの触れる音や
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
禍害わざわいなるかな、偽善なる学者、パリサイ人よ、汝らは酒杯さかずきと皿との外を潔くす、然れども内は貪慾どんよくと放縦とにて満つるなり。
駈込み訴え (新字新仮名) / 太宰治(著)
好きほどに酒杯さかずきを返し納めて眠りに就くに、今宵は蚊もなければ蚊屋もらで、しかも涼しきに過ぐれば夜被よぎ引被ぎてす。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
何枚も画を懸けた部屋の中に紅毛人の男女なんにょが二人テエブルを中に話している。蝋燭ろうそくの光の落ちたテエブルの上には酒杯さかずきやギタアや薔薇ばらの花など。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
呂布は、王允にいざなわれて、竹裏館の一室へ通されたが、酒杯さかずきを出されても、沈湎ちんめんとして、けぬ忿怒ふんぬにうな垂れていた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は生れつきアルコールに合わない体質を持って居り、いまだかつ酒杯さかずきをつづけて三杯と傾けたことがない。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さされた酒杯さかずきをばさされるままに呑み干しては返し、話掛けられる話を、心もよそにただ受答えをするばかり。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ところこの九月でした、僕は余りの苦悩くるしさに平常ほとん酒杯さかずきを手にせぬ僕が、里子のとめるのもきかず飲めるだけ飲み、居間の中央に大の字になって居ると、なんと思ったか
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
斎藤先生が外で酒杯さかずきを手にされるのは、学内でも極めて懇意な、気心のわかった連中から誘われた場合に限っているので、そうした相手の顔は一人残らず判明している位である。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ここで彼は、老婆の手から酒杯さかずきを受け取ったが、婆さんはそれに対してうやうやしくお辞儀をした。「ああ、ここへ連れて来い!」と、ポルフィーリイが仔犬を抱いて入って来たのを見て、彼は叫んだ。
そうは言ったけれど、竜之助は再び酒杯さかずきを手に取ろうとはせず。
「憂いを払う玉箒たまぼうき」などと、酒杯さかずきを手にします。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
すぐにパイプめして、お酒杯さかずきめしてね
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
右近は、酒杯さかずきを持った手をわざとふるわせて見せた。黄金こがね色の液体がさかずきのふちからあふれ落ちて、右近の手をつたい、ひじからひざへしたたっている。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
自体、僧じゃから女には目をふさげ、酒杯さかずきの側にも坐るなとは、誰がいうた。仏陀ぶっだも、そうは仰せられん。信心に自信のない僧自身がいうのじゃ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
按摩済む頃、袴を着けたる男また出で来りて、神酒を戴かるべしとて十三、四なるに銚子酒杯さかずき取り持たせ、腥羶なまぐさはなけれど式立ちたる膳部を据えてもてなす。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
主人あるじは最後の酒杯さかずきをじっと見ていたが、その目はとろんこになって、身体からだがふらふらしている。
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
主人は丁度戸をあけてたれかを送り出したばかりである。この部屋の隅のテエブルの上には酒のびん酒杯さかずきやトランプなど。主人はテエブルの前にすわり、巻煙草まきたばこに一本火をつける。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すると、前の女はぐっと酒杯さかずきを乾してから、花牌はなふだを取りあげながらいった。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
偉丈夫は、酒売りへ、銭と酒杯さかずきを渡して、ずかずかと、劉備のそばへ寄ってきた。そして劉備の口真似しながら
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
磯五とおせい様も、すぐのんびりした気もちになって箸と酒杯さかずきをかわるがわる動かしていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
始終、気に入らない顔つきをして、黙って飲んでいた張飛は、突然、酒杯さかずきを床へ投げ捨てたかと思うと
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ハッと申し合わせたように酒杯さかずきをひかえて、十二の眼が、いっせいに隅の屏風をかえり見た。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
めずらしくも、そこには酒杯さかずきを絶った高綱の寂然じゃくねんたる瞑想めいそうのすがたがあったのである。——しかし、六日目の朝には、そのすがたもついに城内には見えなかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酒杯さかずきを中に笑い合っているところへ
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
関羽は、数歩すすんで、曹操の前に立ち、血まみれな手のまま、先に預けておいた酒杯さかずきを取りあげて
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが義詮はだまって酒杯さかずきをふくんでいた。二十二歳である。自身、自分を花と誇っている年頃である。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内蔵助は、発狂したように、手をって笑った。ひどく笑い出すと、この頃のお大尽は、手を拍っただけではやまない。酒杯さかずき仰飲あおってやたらにそこらの人間へす。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
行燈のを横顔に、黙然と、俯向うつむいている露八の手へ、冷たい酒杯さかずきを持たせて、自分でいで
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「源氏の侍が、浪人しているのはおかしいではないか。今しも、源氏の全盛は、ひところの平氏に取ってかわっておる」と、酒杯さかずきを返して、じっと、相手の顔を見すえた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
方丈の客は、やがてお通も見えたもので、曲がりかけていたおかんむりもやや直り、えつに入って、酒杯さかずきもかさね、あから顔のどじょうひげに対立して、眼じりもおもむろに下がって来た。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「せっかく参ったものだ。剣の舞は見るにおよばんが、二樊噲はんかい酒杯さかずきをつかわせ」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『おっと……酒杯さかずきの酒がゆれると思うたら……なんじゃ、船が揺れだしたのか。ハハハハ、岸が遠くなって行くのか、船が遠くなってゆくのか、この答え、お艶、どうじゃ、解いて見い』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敗者の痛涙も、勝者の狂喜も、ひとしく、一場の泡沫ほうまつと見、あれも可笑おかし、これも可笑し、なべて酒杯さかずきのうちにいて飲まんかな人生。楽しまずしてなんの人生やある——というのである。
いられる酒杯さかずきと、向けてくる話題に、玄徳は、むげにも座を立ちかねて
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
片手に、酒杯さかずきを持ち、片手に剣のつかを握って不意に起ってきたのである。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子息の東涯は、酒杯さかずきをほして、にじくように高吟した。
『そうじゃ、この謎、解いた者には、酒杯さかずきをとらせよう』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
良平老は、若いものを、酒杯さかずきごしに睥睨へいげいして
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぐびぐびと酒杯さかずきをかさねて
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)