貪欲どんよく)” の例文
あの品の好い紳士は、あれで心は残酷で、けちくさいのだろう。あの百姓は単純そうに見えて、本当に嫌にしつこくて貪欲どんよくなのだろう。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
冲左衛門という、その人は、時流に乗って出世する人間に共通の、押しつけがましさと、厚顔と、そして貪欲どんよくを兼ねそなえていた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やっと取り出した虫はかなり大きなものであった、紫黒色の肌がはち切れそうにふとっていて、大きな貪欲どんよくそうな口ばしは褐色かっしょくに光っていた。
簔虫と蜘蛛 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
エジプトのミイラは、キャンバイシーズ王も歳月も手をふれることを差しひかえたのに、今は貪欲どんよくな人間がけずりとっている。
それが一つずつ老婆の貪欲どんよくの手に握りあげられてゆくとき、左膳と月輪の雑居した離室に、どッ! と雪崩なだれのような笑い声が湧いて消えた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
荊州の留守をしている潘濬はんしゅんも、とかく政事まつりごとにわたくしの依怙えこが多く、貪欲どんよくだといううわさもあって、おもしろくありません。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただアルプス連山が鳥のために残っている。そこには、貪欲どんよくなヨーロッパのまん中に、二十四連邦の小島が残存している。
この恨は富山に数倍せる富にりて始て償はるべきか、あるひはその富を獲んとする貪欲どんよくはこの恨を移すに足るか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
小男須原は、この壮絶な風景に接して、悪心を忘れ、貪欲どんよくを忘れ、ひたすら震えおののいているかに見えた。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この油断のない、貪欲どんよく悪賢わるがしこい鳥に対して、わたしはずっと前から憎悪ぞうおをいだいていたのである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
それだのに目の前に異国情調の豊かな贅沢品ぜいたくひんを見ると、彼女の貪欲どんよくは甘いものを見た子供のようになって、前後も忘れて懐中にありったけの買い物をしてしまったのだ。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ロイド・ジョージ思えらく、こは資本家の貪欲どんよくを満たさんがために起こされたる無名の師である。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
吝嗇りんしょくの、貪欲どんよくの、冷淡の、悪意の、残忍の、勝利の、歓喜の、極端な恐怖の、強烈な——無上の絶望の、広大な精神力の諸観念が、雑然とかつ逆説的に湧き上ったのである。
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
貪欲どんよくながく尽き、瞋恚しんに永く尽き、愚痴永く尽き、一切のもろもろ煩悩ぼんのう永く尽くるを、涅槃という」
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
そこで、貪欲どんよくの貪をとって貪魚という字があてはめられたのかも知れない。また、行動がすこぶる鈍重だから、一度見つけると、たいていは釣れる。ほとんど技術も入らない。
ゲテ魚好き (新字新仮名) / 火野葦平(著)
きっと貪欲どんよくな天狗がやって来て、羽うちわであかりをあおぎ消して、人のこしらえたごちそうをさらって行ってるに違いありません。村の人達は天狗だときめてしまいました。
天狗の鼻 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
血をすする獣性、餌物えものをさがす飢えたる貪欲どんよく、爪とあごとをそなえ腹のみがその源であり目的である本能、それらのものは、平然たる幻の姿をおずおずとながめまたかぎまわす。
外側は世をすてた形だが内は貪欲どんよく淫欲いんよくに満つるもののあることは、周知の事実です。
工場主としての自分のそういう気持ちを知らずに、なおこのうえに要求を重ねようとしている職工たちの貪欲どんよくを思うと、賢三郎は意地でもその要求を退けてやりたい気がするのだった。
仮装観桜会 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
あのおとなしい静かな兄弟子が、世話人の話すやうな残忍無恥な、又は貪欲どんよくな、又は無残な行為をして、あの老僧の経営した寺をかうした廃寺にしてしまはうとはかれは夢にも思はなかつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
その猛鳥の加える残酷と、貪欲どんよくと、征服とを、相当に心地よげに無抵抗に、むしろ、うっとりとしてなすがままに任せている、そのお銀様の態度に、お雪ちゃんが、あの猛鳥の為す業より
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
貪欲どんよくで冷酷で狡猾こうかつで、金の為なら人情は切れた草鞋わらじ程にも思っていないのだ。それに反して彼の息子は多血質な感情家だった。だから無論合うはずがない、友人はいつでも彼の父をののしっていた。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
そのうえに、れぼったい唇のあいだから、ほとんど腐ってしまった黒い歯のかけらをちらちら見せる貪欲どんよくらしい長い口が付いているのである。彼は話をするたびにつばをやたらにね飛ばした。
これは外面の差で性質上の差ではない。彼の表面倹約を装うてその実卑吝ひりん貪欲どんよくの行為を成し、人の前では正直そうにして隠れた所で悪事を働くなどは、我輩も先生も断じて取らぬところの行動である。
だが彼の創造欲は二人の息子の飲酒博奕癖の増長と歩を並べ、資産の増大するにつれて増大し、今や貪欲どんよくの聖者の観を呈しつつあったのである。
なんとも貪欲どんよくな人相だが、しかし毛虫眉をかぶッた切れ長な眼は細く針のような底光りをかくしていて、しじゅう意識でえびす顔を作っており
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして父の貪欲どんよくを大声に罵倒してはいたけれど、心の中では、それをみずから笑いながら父の方が道理だと認めていた。
ここへ足踏みしなかったのは、それよりも、もっともっと貪欲どんよくな陰謀をたくらんでいたからではないか。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこにこそ女性の野心が絶対の支配権を得ようとし、そこにこそ女性の貪欲どんよくが隠れた財宝を探しもとめるのだ。女は愛情を危険にさらす。心のすべてをかけて愛の貿易をする。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
パリでの私の復讐ふくしゅうや、ナポリでの私の熱烈な恋や、さてはエジプトでの私の貪欲どんよくと彼が誤って名づけたものなどを、妨害した男——この私の悪魔であり悪の本尊である男が
葉子の目から見た親類という一群ひとむれはただ貪欲どんよく賤民せんみんとしか思えなかった。父はあわれむべく影の薄い一人ひとりの男性に過ぎなかった。母は——母はいちばん葉子の身近みぢかにいたといっていい。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
もしもなまけていたり、思いあがっていたり、なおはなはだしきは貪欲どんよくの果てに居眠りでもしていたら、四方八方から、あさましいやつどもがやって来て、羊の群れを奪って行くのですからの。
これは貪欲どんよくに加うるに偽善をもってし、罪を二重にするにすぎない。
まあごらんなさい、火という大明王が、その小さな愛着と、未練と、貪欲どんよくとを、木葉のように、広大なるつぼの中に投げ入れて、微塵の情け容赦もなく、滅除し、済度して行く、あの盛んな光景を——
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして一年間の田舎いなかの生活をむしろ貪欲どんよくに享楽していた。
球根 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
天の父よ、私は貪欲どんよくでありましたことを自らとがめまする。
ふとすれば、舞ッた笠を追ッて、勢い、谷へも飛びこみかねなかった浅ましい息ギレが、われながら貪欲どんよくなと、おかしくなって来たものらしい。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「人間ほど尊く美しく、清らかでたのもしいものはない」と去定は云った、「だがまた人間ほど卑しく汚らわしく、愚鈍で邪悪で貪欲どんよくでいやらしいものもない」
エルンストはいつも貪欲どんよくで、食事の初めからその馬鈴薯を横目でうかがい、しまいにはねだり出した。
貪欲どんよくなふかは紺碧こんぺきの水のなかをもののようにさっと突っぱしる。眼下に横たわる水の世界について、今までに読んだり聞いたりしたことを、わたしは想像力たくましくすっかり思いおこす。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
貪欲どんよくにも鼠どもはちょいちょい鋭いきばを私の指につきたてた。
落穴と振子 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
が、ここには貪欲どんよくな鼻を持った白髪まじりの老農夫が、かまどのそばにうずくまって陶山、小見山らを待ちあわせていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
量さえ多ければ質のいかんをあまり気にしない趣味の貪欲どんよく性をもそなえていた。そういう健啖けんたんな食欲にとっては、実量が多ければ多いほどどんな音楽でも上等のものとなる。
四五日の小遣い五千両と聞いて、出平はひそかに舌を巻き同時に貪欲どんよくの知恵を巻いた。
そして貪欲どんよくな自己を一そう赤裸にした。金蓮はそのせつなに初めて武大ぶだにあらざる男を体のおくに知って何かを生むようなうめきにちかい絶叫を発した。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
フランスの古い中流社会が卑しい利害観念を結婚にもち出すことは、全世界によく知れ渡ってることである。ユダヤ人らは金銭にたいしてそれほど下劣な貪欲どんよくをもってはいない。
「しかし人間となると東京よりひどい、狡猾こうかつ貪欲どんよくで無恥なこと、まして宗教的な偏見の根強さとなると、蒙昧もうまいそのものです、むしろ蒙昧であることにしがみついているようなものです」
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その間に、偽宮の造営を計ったとか、貪欲どんよくに人民の財物を集めたとか、兵馬の拡充を急いだらしい痕跡もない。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その臥床ねどこに、その休息の生活に、これらの溌剌はつらつとしたしかも疲れてる小さな身体を、鈍らず満ち足らずしかも生きることに活発貪欲どんよくなこれらの魂を、置いてみたらと彼は考えた。
ところで、そこへ、……あの貪欲どんよくと無恥と酷薄のかたまりであるヒステリイ女の妻君が、ひきつったような灰青い顔でとんで来た。知れたこと、唇が捲れあがって歯が剥きだしになっていた。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)