豊頬ほうきょう)” の例文
旧字:豐頬
ふっくら豊頬ほうきょうな面だちであるが、やはり父義朝に似て、長面ながおもてのほうであった。一体に源家の人々は、四たくましく、とがり骨で顔が長い。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
豊頬ほうきょうをもつ美少女のごとく、口辺には微笑すら浮べている。この差異はどこから来るのだろうか。思惟の対象に深浅があるわけではない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
嬌態きょうたいの魂とキリストとの対話が。)——クリストフはそれに胸を悪くした。ダンスの足取りをしている豊頬ほうきょうの天使を見るような気がした。
女は尺に足らぬ紅絹もみ衝立ついたてに、花よりも美くしき顔をかくす。常にまさ豊頬ほうきょうの色は、く血潮のく流るるか、あざやかなる絹のたすけか。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのころでは高い鼻と豊頬ほうきょうとのもちぐされで、水鼻をたらして、水天宮様のお札を製造する内職よりほか仕事がなかった。
すると、つぎに、その萩乃の表情かおに、急激な変化がきた。眼はうるみをおびて輝き、豊頬ほうきょうくれないていして、ホーッ! と、肩をすぼめて長い溜息。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
紅顔豊頬ほうきょう、みずみずしかった切長の黒瞳も、毛をむしられたシャモみたいな肌になり顴骨かんこつがとびだし、乾いた瞳に絶えず脅えた表情がよみとられた。
さようなら (新字新仮名) / 田中英光(著)
濃いまゆ、大きな目、デップリと太った、如何にも重役型の紳士であったが、いつも艶々つやつやと赤らんでいる豊頬ほうきょうも、今日は色を失っているように見えた。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この時ぞく周章しゅうしょうの余り、有り合わせたる鉄瓶てつびんを春琴の頭上に投げ付けて去りしかば、雪をあざむ豊頬ほうきょうに熱湯の余沫よまつ飛び散りて口惜くちおしくも一点火傷やけどあととどめぬ。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
絹よりもずっと目の荒い麻布の上に、濃い絵の具で、少し斜めに向いた豊頬ほうきょうの美人が画かれている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
李徴はようや焦躁しょうそうに駆られて来た。このころからその容貌ようぼう峭刻しょうこくとなり、肉落ち骨ひいで、眼光のみいたずらに炯々けいけいとして、かつて進士に登第とうだいした頃の豊頬ほうきょうの美少年のおもかげは、何処どこに求めようもない。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼女の涼しい目は眠られないふた晩に醜くがり、かわいいえくぼの宿った豊頬ほうきょうはげっそりとせて、耳の上から崩れ落ちたひと握りの縺毛もつれげが、そのとが頬骨ほおぼねにはらりとかかっていた。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
着物の青も豊頬ほうきょうの紅も昔よりもかえって新鮮なように思われるのであった。
青衣童女像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
近頃出来の頭の小さい軽薄な地蔵に比すれば、頭が余程大きく、曲眉きょくび豊頬ほうきょうゆったりとした柔和にゅうわ相好そうごう、少しも近代生活の齷齪あくせくしたさまがなく、大分ふるいものと見えて日苔ひごけが真白について居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
仏像の眼を思わせるようなその慈眼じがんと、清潔であたたかい血の色を浮かしたその豊頬ほうきょうとに、まず心をひきつけられ、さらに、透徹とうてつした理知と燃えるような情熱とによって語られるその言々句々げんげんくく
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
クリストフが牛飼いの少女の両の豊頬ほうきょうで接吻したのは、単にロールヘンをばかりではなかった。自分のドイツ全体をであった。
ゆったりと弧をひいたまゆ、細長く水平に切れた半眼の眼差まなざし、微笑していないが微笑しているようにみえる豊頬ほうきょう、その優しい典雅な尊貌そんぼうは無比である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
わたくしはあなたのお顔を、天平てんぴょう時代の豊頬ほうきょうな、輪廓のただしい美に、近代的知識と、情熱に輝きもえひとみを入れたようだとつねにもうしておりました。
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
見るからに業刀わざものと思われ、送りの人々の眼をみはらせたが、より以上、その長剣がすこしも不似合でない彼のすぐれた骨がらと、猩々緋のなのと、色の白い豊頬ほうきょうおもて
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
厚味のあるくちびる、唇の両脇で二段になった豊頬ほうきょう、物いいたげにパッチリ開いた二重瞼ふたえまぶた、その上に大様おおよう頬笑ほほえんでいる濃いまゆ、そして何よりも不思議なのは、羽二重はぶたえ紅綿べにわたを包んだ様に
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
顔から手頸てくび、指の先に至るまでむっちりと脂肪分の行きわたった色白な皮膚で、目鼻立ちの整った豊頬ほうきょうの好男子であるけれども、肥えているために軽薄には見えず、年相応に貫禄かんろくのついた紳士で
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
光沢つやのいい忠相の豊頬ほうきょうにほほえみがみなぎる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
薔薇ばら色の豊頬ほうきょうをした金髪の少年で、頭髪を横の方できれいに分け、くちびるのあたりには産毛うぶげの影が見えていた。
その桟敷さじきの上には、豊頬ほうきょうの天使が二人、足を踊らして、王冠を宙にささげていた。劇場のありさまはあたかも祭典のようだった。舞台はかしの枝や花咲いた月桂樹げっけいじゅで飾られていた。