うべな)” の例文
父の世にありしきとき、伴はれてゆきし嬉しさ、なほ忘れざりしかば、しぶしぶうべなひつるを、「かくてこそき子なれ」とみなめつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
己れ炊事をみずからするの覚悟なくばの豪壮なる壮士のはいのいかで賤業せんぎょううべなわん、私利私欲をててこそ、鬼神きしんをも服従せしむべきなりけれ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
世上貫一のほかに愛する者無かりし宮は、その貫一と奔るをうべなはずして、わづかに一べつの富の前に、百年の契を蹂躙ふみにじりてをしまざりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
二刻ふたときほどの前であり、爾来説きつづけているのであったが、どうしたものか冬次郎はそれをうべなおうとはしないのであった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
生前に父親も親戚も婿むこをとるよう可なりお蘭を責めたものだが、こればかりはお蘭はうべなわなかった。四郎が伝え聞いたらどんなに落胆するであろう。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
姫。おん身の宣給ふところには、わがうべなひ難き節あれど、われは我心をあかすべき詞を求め得ず。人の心にも世のたゝずまひにも、げに神の御心はあらはれたるべし。
尼はいくぶん躊躇ちゅうちょしながらも、何時かその甥の申出を女に伝えることをうべなわないわけにはいかなかった。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それでいて、また、子路ほど全身的に孔子にり掛かっている者もないのである。どしどし問返すのは、心から納得なっとく出来ないものを表面うわべだけうべなうことの出来ぬ性分だからだ。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
友達その白鼠は名のみ聞いて見た事なし、かつは物語の種なれば今宵祈って一目見せたまえというに、亭主うべない、その夜また燈を掲げ、各集り居るに案のごとく白鼠出で来る。
その夫何某なにがし智慧ちえある人にて、欺きて蛇に約し、なんじ巨鷲おおわしの頭三個みつを得て、それを我に渡しなば、妻をやらむとこたえしに、蛇はこれをうべないて鷲と戦い亡失ほろびうせしということの候なり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
漢土もろこしびとぢやとは言へ、心はまるでやまとのものと一つと思ふが、お身はうべなふかね。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
洗えの、なんのとは、申すまい。その代りせめて今宵こよいだけでも、拙者が連れてまいろうとする所で語り明かさぬか? その位なことは、うべなってもいいだろう。いくらか、義理があるはず
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
彼らはわれわれに感嘆して、神とまであがめるに至るだろう。なぜならば、われわれは彼らの先頭に立って、彼らの恐れている自由に甘んじて耐えて、彼らの上に君臨することをうべなうからだ。
されども彼は進み出で禍難攘ふをうべなはず、 450
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
生前に父親も親戚しんせき婿むこをとるようかなりお蘭を責めたものだが、こればかりはお蘭はうべなわなかった。四郎が伝え聞いたらどんなに落胆らくたんするであろう。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「それにつきては一条ひとくだりのものがたりあり、われもこよひは何ゆゑかいねられねば、起きて語り聞かせむ。」とうべなひぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
なお帰らねば廃嫡はいちゃくせんなど、種々の難題を持ち出せしかど、財産のために我が抱負ほうふ理想をぐべきにあらずとて、彼はうべな気色けしきだになければ、さしもの両親もあぐみ果てて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「あれか……あれはな……殿の息女だ! ……左内が……いかさま……うべなわないはずだ。……」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
我はけふの謝肉祭に賣り盡して、今は珍しきものになりたるすみれの花束を貯へおきつ。かの歌女もし我心にかなはゞ、我はこれをにへにせんといふ。我は共に往かんことをうべなひぬ。
因って迎え申したから時至れば一矢射たまえと乞う、うべないて楼に上って待つと敵の大蛇あまたの眷属けんぞくを率いて出で来るを向うざま鏑矢かぶらやにて口中に射入れ舌根を射切って喉下に射出す
アカイア諸軍汝らを亡すことをうべなふや?
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
これこそ日頃尋ね求める、我らにとっては大事の加担者! これを手放してよいものかと、礼を厚うしてい求むれば、意外にもすぐうべないくれて、共に木曽路へ行こうと云う。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
我は八日の期限にて、二十「スクヂイ」を借らんといひしに、翁は快くうべなひて粲然たる黄金を卓上に並べたり。されど少女は影だに見せざりき。我は三日過ぎて金返しに往きぬ。
長常という彫物師は類なき上手なり、円山主水応挙も絵の上手なりしが、智恩院宮諸太夫樫田阿波守あわのかみという人長常に小柄こづかを彫りてよ、応挙の下絵を書かせんとあつらえければ長常うべないたり。
妾は当時の川上が性行せいこう諒知りょうちし居たるを以て、まさかに新駒しんこま家橘かきつはいに引幕を贈ると同一にはらるることもあるまじとて、その事をうべないしに、この事を聞きたる同地の有志家連は
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
いっかなわたくしが直接に呼出すのをうべないませんでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
といふに、げに故あることならむとおもひてうべなひぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
贖得べく一齋に心合はせてうべなへり。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
しかしどうやら公卿のほうでは、それをうべなおうとはしないようであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
商客うべなえば彼ら大いに火を焚きかたぬぎてめぐり坐り煙草を吸う。商客一同むちを執りてその周囲を踊り廻り、その肩と背をはげしくむちうつも彼ら平気で何処どこに風吹くかという体で喫烟し、時にしずかに談話す。
こう思って江戸入りをうべなったのであった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)