衣紋竹えもんだけ)” の例文
省作は出してもらった着物を引っ掛け、兵児帯へこおびのぐるぐる巻きで、そこへそのまま寝転ねころぶ。母は省作の脱いだやつを衣紋竹えもんだけにかける。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「變なものがありますよ、——お勝手口に立てかけてあつたんですが、古箒ふるぼうき衣紋竹えもんだけを結へて、單衣を着せたのは、何んの禁呪まじなひでせう」
雪子は姉が脱ぎ捨てて行った不断着を衣紋竹えもんだけにかけ、帯や帯締を一と纏めにして片寄せてから、なお暫くは手すりにもたれて庭を見ていた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かべ衣紋竹えもんだけには、紫紺がかった派手な色の新調のの羽織がかかっている。それが明日の晩着て出る羽織だ。そして幸福な帰郷を飾る羽織だ。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
壁に垂れた鬱金うこん木綿の三味線胴や、衣紋竹えもんだけにお鳥のぬけ出した不斷着などが見えるのがいやさに、堅く目をつぶつてその目を枕に押し伏せた。
母親はその間に、結城縞ゆうきじまの綿入れと、自分のつむぎ衣服きものを縫い直した羽織とをそろえてそこに出して、脱いだ羽織とはかまとを手ばしこく衣紋竹えもんだけにかける。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
お島は脱ぎすてた晴衣や、汗ばんだ襦袢じゅばんなどを、風通しのいい座敷の方で、衣紋竹えもんだけにかけたり、茶をいれたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
つやの無い、くすぶった燭台しょくだいの用意はしてあったが、わざと消したくらいで、蝋燭ろうそくにも及ぶまい、とかただけも持出さず——所帯構わぬのが、衣紋竹えもんだけの替りにして
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
家人の緊張は、その日より今にいたるまで、なかなか解止せず、いつの間にやら衣紋竹えもんだけを全廃していた。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「紙芝居の真似もいいけれど、衣紋竹えもんだけや物差を振り廻して、唐紙や障子しょうじに穴をあけるのは御免だよ。」
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
その他、しじみ屋、下駄の歯入れ、灰買い、あんま師、衣紋竹えもんだけ売り、説経祭文せっきょうさいもん、物真似、たどん作り……そういった人たちが、この竜泉寺りゅうせんじ名物、とんがり長屋の住人なので。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
衣紋竹えもんだけに掛けてある着物ばかりは、室内の光景さまに不似合なものであった……お種は、何処どこへ行っても、真実ほんとう倚凭よりかかれるという柱も無く、真実に眠られるという枕も無くなった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
このへやは女の衣装を着替える所になっていたので、四面にずらりと衣桁いこうを並ベ、衣紋竹えもんだけを掛けつらねて、派手なやら、地味なやらいろんな着物が、虫干しの時のように並んでいる。
竜舌蘭 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その外坐舗一杯に敷詰めた毛団ケット衣紋竹えもんだけに釣るした袷衣あわせ、柱のくぎに懸けた手拭てぬぐい、いずれを見ても皆年数物、その証拠には手擦てずれていて古色蒼然そうぜんたり。だがおのずから秩然と取旁付とりかたづいている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
衣紋竹えもんだけに掛けた裾模様の単衣物ひとえに着かえ、赤い弁慶縞の伊達締だてじめを大きく前で結ぶ様子は、少し大き過る潰島田の銀糸とつりあって、わたくしの目にはどうやら明治年間の娼妓のように見えた。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
影の隣りに糸織いとおりかとも思われる、女の晴衣はれぎ衣紋竹えもんだけにつるしてかけてある。細君のものにしては少し派出はで過ぎるが、これは多少景気のいい時、田舎いなかで買ってやったものだと今だに記憶している。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まずきのう着た派手はでな衣類がそのまま散らかっているのを畳んでトランクの中にしまいこんだ。る時まで着ていた着物は、わざとはなやかな長襦袢ながじゅばんや裏地が見えるように衣紋竹えもんだけに通して壁にかけた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
引明ひきあけて金三四十兩懷中ふところに入れ立上たちあがる處に横面よこつらひやりとさはる物あり何かとうたがひ見れば縮緬ちりめん單物ひとへもの浴衣ゆかた二三枚と倶に衣紋竹えもんだけに掛てありしにぞどくくはさら迄と是をも引外ひきはづして懷中へ捻込ねぢこみ四邊あたりうかゞひ人足の絶間たえま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
幻の民五郎は、唐紙からかみ屏風びょうぶの絵の中へも溶け込み、衣桁いこう衣紋竹えもんだけの着物の中へも消えて無くなると言われました。
大礼服着たる衣紋竹えもんだけ、すでに枯木、刺さば、あ、と一声の叫びも無く、そのままに、かさと倒れ、失せむ。空なる花。ゆるせよ、私はすすまなければいけないのだ。
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
床脇とこわきたなのところに、加世子のスウツケースや風呂敷包ふろしきづつみがあり、不断着が衣紋竹えもんだけにかかっており、荒く絵具をなすりつけた小さい絵も床脇の壁に立てかけてあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
月出でたらば影動きて、衣紋竹えもんだけなる不断着の、翁格子おきなごうしまがきをたよりに、羽織の袖に映るであろう。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは衣紋竹えもんだけはうきを結へ、單衣ひとへを着せて背負つて歩き、背の高い男と見せるやうにした爲だ。
はりから衣紋竹えもんだけで釣って掛けてさぼしてある。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)