苦手にがて)” の例文
あゝあの百合子と云う子供は私に苦手にがてだ。よく泣くし先生に似て、シンケイが細々として、全く火の玉を脊負っているような感じだ。
放浪記(初出) (新字新仮名) / 林芙美子(著)
のみならず中には、多少易経えききょうの端を読みかじッている手輩てあいなどもあって、素見ひやかしのうちでも売卜者ばいぼくしゃたちには苦手にがてな部類の者と見たので
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは勝治にとって、最も苦手にがての友人だった。けれども、どうしても離れる事が出来なかった。そのような交友関係は人生にままある。
花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「行つて見ますが、あの女は苦手にがてですよ、親分もあとから來て下さい、うんとおどかさなきや、こちとらの手にをへる女ぢやない」
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
そこでこちらはいち早く敵の心中を読破して、敵が一番苦手にがてとするところを攻撃しようとする、——つまり、その術ですヨ。
五指ことごとくそうなるを苦手にがてといい、蛇その人を見れば怖れて動かず、自在に捕わるそうだ(『郷土研究』四の五〇二)。
一番奥の解剖室かいぼうしつの中で、ガチャリと金属の器具が触れ合う物音がした。ああ、解剖室! それは、あたしの一番苦手にがての部屋であったけれど……。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
のみならず、団さんが辛辣しんらつな批評をするものだから、余り長くやらない。重役連中が苦手にがてにしているところを見ると、団さんは確かに骨がある。
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いったい、この女と、お角とは、前世どうしたものか、ほとんど先天的の苦手にがてで、思い出しただけで、おたがいに虫唾むしずが走るようになっている。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
落雲館と云い、八っちゃんの御袋と云い、腕のきかぬ主人にとっては定めし苦手にがてであろう。そのほか苦手はいろいろある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宮は苦手にがてとしておいでになる右大臣が来ずに、お親しみの深いかおるの宰相中将が京から来たのをかえってお喜びになり
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
但し僕をその小言こごとの前に降参するものと思ふべからず。僕には室生むろふ苦手にがてなる議論を吹つかける妙計めうけいあり。
田端人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
思いきや一番の苦手にがて、蒲生泰軒がとぐろを巻いているこのありさまに、ハッとすると同時、居合の名人だけに自分の気のつく先に、もうとっさに刀を抜いていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
横浜の支店長の永井ながいとか、この田島とか、葉子には自分ながらわけのわからない苦手にがての人があった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
たった一人、いくど繰返しても、うかとは手に乗らない苦手にがてがあった。その頃は少佐か中佐か、いくらよくても大佐だったろうが、後の海軍大将伯爵山本権兵衛やまもとごんのひょうえである。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
星というやつは、以前から、永遠だの無限だのということを考えさせるので、どうも苦手にがてだ。それでも、仰向あおむいているものだから、いやでも星を見ないわけにいかない。
これが苦手にがてでございます。こっちで巧らむことぐらいは、先方で見抜いてしまいますので、どうでもこれは外界そとからの手を、お借りしなければなりませんが、誰か助け手はないものかしら?
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかもそれは、多くの日本人にとって苦手にがてであるイタリー語で書いてある。
地震なまず (新字新仮名) / 武者金吉(著)
「どうも牛方衆は苦手にがてだなんて、平助さんなぞはそう言ってるぜ。」
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
フォン・スタインワルドと言えば、向う見ずのはげしい性情の所有者で、大学でもみんなが怖れている男である。さてはあの男が鏡を持っているに違いないと思ったが、コスモにとっては苦手にがてであった。
桜の園なら自信があったのだけれど、ファウストは苦手にがてだ。だいいち僕は、ファウストを通読した事さえない。落第、僕は落第だ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「いや道誉の客となるのは苦手にがてだ。闘茶とうちゃか、立花りっか(生け花)か。やれ香道こうどうの、連歌れんがのとくる。まずは兄上おひとりで」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたたびお銀様が叫びを立てた時分には、神尾とても、これが目的のお喋り坊主ではなく、日頃苦手にがてのお銀様であったことに気がついたのでしょう。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は一場いちじょう風波ふうはが彼にもたらしたこの自信を抱いてひそかに喜こんだ。今までの彼は、お延に対するごとに、苦手にがての感をどこかに起さずにいられた事がなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ボートは苦手にがてだが、急がずにやれば向う岸まで行けそうだ。そう思ってボートに乗った。
肌色の月 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と会社の枢機すうきらしいことに触れる。そのくせ仕事は些っとも分らない。僕は何も事情を知らなかったものだから、社長令息が苦手にがてにしている硬骨漢原口君と別懇になってしまった。
村一番早慶戦 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
本職は美術学校出の画家なれども、なほ僕の苦手にがてたるを失はず。只僕はとらへ次第、北原君の蔵家庭ざうかていぬすみ得るに反し、北原君は僕より盗むものなければ、畢竟ひつきやうとくをするは僕なるが如し。
田端人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「うん、この点をハッキリしたいんだがネ、どうも機械というやつは、苦手にがてだ。この人造人間がどうして動くかということがハッキリ分るといいんだが。そうだ、帆村に調べさせよう」
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし古藤は妙に葉子には苦手にがてだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
通船楼の若いおかみさんは、清吉には苦手にがてなお客様とみえる。せめて二十両でといえば、良人うちのひとに着せるのだから、自分の一存いちぞんではそう高く買えないと云う。
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは女軽業の親方のおかくでありました。なぜか米友ほどの人物が、このお角を苦手にがてにするのであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私にとっても苦手にがてでして、もうこんどこそ、どんなにたのまれてもお酒は飲ませまいと固く決心していても、追われて来た人のように、意外の時刻にひょいとあらわれ
ヴィヨンの妻 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それほど親しく近づきにくい吉川に口をいてもらおうとすれば、是非共その前に彼の細君を口説くどき落さなければならなかった。ところがその細君はお延にとって大の苦手にがてであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
食っているんだから、君子さんは苦手にがてだ。その苦手が君の奥さんになったんじゃ困る。その辺をよく良心的に考えて、僕は君と君子さんの間に話が始まらないように警戒しているんだ
ロマンスと縁談 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「行ったというと、上陸したという意味ですか。それなら、二回だけです。そして、どっちの場合も大失敗でした。上陸する間もなく、生命からがら離陸しなくてはなりませんでした。火星は全く苦手にがてです」
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この気むずかしやの苦手にがてを迎えねばならぬお角さんは、ここでちょっと気合をはずされてしまった形で
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかしこのえんじゅんの二龍にも、苦手にがてな者がないではない。それは城内の守備隊である。「そいつに出て来られたら……」と、いささかひるふうが見えなくもなかった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たいへんな決意で、芝の斎藤氏邸に出かけて行ったが、どうも斎藤氏邸は苦手にがてだ。門をくぐらぬさきから、妙な威圧を感ずる。ダビデのとりではかくもあろうか、と思わせる。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
年は下でも、性質の違うこの妹は、津田から見たある意味の苦手にがてであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と芳夫さんは算盤が余程苦手にがてと見えた。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いつもならば権柄けんぺいずくで命令されても、このお角さんだけは米友にとって苦手にがてであって、どうともすることはできないのだが、今日はいやに生やさしく頼まれるだけ
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
稀々たまたまのお召しというやつがないと、ここにいても、随分わるくはないが、あれが、苦手にがてじゃて」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これだから、僕は、文学青年ってものは苦手にがてなんだ。とにかくお世辞を言おう。
渡り鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その酒井が苦手にがてであることも貴様は知っているだろう、酒井は我々の根を絶ち、葉を枯らそうとしている、我々はまたそこにつけ込んで、酒井をらそうとしている
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
目白の石神堂で、釘勘という苦手にがてに追いかけられて、すっかり泡を食った道中師の伊兵衛。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初対面の時でも少しも笑わずに話をする人は、僕にはどうも苦手にがてだ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
お角はお銀様だけがどうも苦手にがてです。この人に向うとなんだかされ気味でいけない。なんという負い目があるわけではないが、この人には、せんを制されてしまいます。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こいつは苦手にがてだ、ばらばらともとの部屋へ逃げこむ、と同時に、佐久間玄蕃允さくまげんばのじょうの声で
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
苦手にがての御用聞に御輿みこしを据えられたがんりきの百蔵なるものの迷惑は、察するに余りあるものです。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
苦手にがてというのか、妙に、昨夜ゆうべ以来、怯気おじけが先に立って、足が前へ出ないのだった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)