端午たんご)” の例文
何時いつの事なるやと有に多兵衞それは享保きやうほ二年の夏五月端午たんご式日しきじつ私し出入屋敷やしき嘉川主税之助樣親類中へれい廻勤くわいきん致され候故私し徒士かち
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その中でも特に私たちの注意しているのは、五月端午たんごの節供に作られる色々の巻餅まきもちが、必ず上をとがらせた三角形に結ばれたことである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
端午たんごの節句から二三日、国老事務から手が放せなかったが、それもほぼ片づいたので、十一日から湯島の家へ保養にゆくことにしてあった。
去年も端午たんごの客の多いのに人は目出度めでた目出度と嬉貌うれしがおすれど、拙者は先の先が気遣いでたまらんから、始終稽古場へかがんで
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「去年の五月、端午たんごの節句に、楯無しの鎧を盗み取ったような、素晴らしい機智を働かせて庄三郎を召し捕って参れよ」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この水にえていて端午たんご節句せっくに用うるショウブは、昔はこれをアヤメといった。そして根が長いので、これをるのを「アヤメ引く」といった。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
何故上巳じょうしが女、端午たんごが男の節供となったかというと、前述の山籠り・野遊びの時季になっていたに過ぎないのである。
雛祭りとお彼岸 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
と聞いていたが、しかしとうの脇屋義助は、いつまで見えはしなかった。のみならずその夕、義貞のたちでは、いよいよにぎやかな端午たんご遊びの笛太鼓だった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海嘯の起ったのは、陰暦の五月五日のであった。まだ陰暦で年中行事をやっている僻遠へきえんの土地では、その日は朝から仕事を休んで端午たんご節句せっくをやっていた。
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
三月三日の上巳じょうみと五月五日の端午たんごは誰でも知っているが、現在休日は五月五日の子供の日だけになった。
昔の言葉と悪口 (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
端午たんごの節句が近づくと、同じく鳥羽庄からして菖蒲の持参に及ぶ。続いて瓜の季節になると御牧から花瓜を持って来るので、その一部を禁裏に進上する例になっている。
端午たんごの来る頃には——泉太や繁が幼少ちいさい時分に飾った古びた金時きんときこいなぞを取出して見たり
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
端午たんごの句である。こういう年中行事に対する古人の心持は、自ら今人と異るものがある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
端午たんごのぼりが見えなくなって、川開きの噂が江戸ッ子の口に上るころ。
菖蒲重といふは、端午たんごの節句に着る着物なるべければ着つつなれしといふわけはないはずである。着つつなれしといへば無論ふだん着か旅衣たびごろもかの類で長く着て居るものでなければなるまい。同じ部に
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
さうして家族かぞくぼつしたにしても何時いつになくまだあかるいうちゆあみをしてをんなまでがいた菖蒲しやうぶかみいて、せはしいあひだをそれでも晴衣はれぎ姿すがたになる端午たんごるのをものうげにつてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そして、それは毎年、五月の端午たんごのお節句が過ぎた頃である。その頃になると、河原の上に川千鳥の鳴き叫ぶ声を聞くのだが、川千鳥は下総しもふさの海の方から、鮎の群れを追いながら空をかけってくるのだ。
楢の若葉 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
日はまさしく端午たんごの当日であります。
山道 (新字新仮名) / 中里介山(著)
五月端午たんごの日の神と人との食物として、ちがやささがまいばら等さまざまの葉で巻いた巻餅をこしらえる風は全国的であるが、別にある土地限りでこの日にする事が幾つかある。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
北陸の後図こうと一切をすまして、秀吉の戦捷軍が、長浜まで還ってきたのは、五月五日、端午たんごの日だった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この「あやめ」は端午たんごの「あやめふく」のことであろう。手許の歳時記をしらべて見たが、「あやめ売」というものを挙げていないから、特別な行装をしていたわけでもなさそうである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
端午たんごの幟が見えなくなつて、川開きの噂が江戸つ子の口に上るころ。
端午たんご └やぶ入
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
東京などでも三月にむろ咲きの桃の花を求めて、雛祭りをするのをわびしいと思う者がある。去年のかしわの葉を塩漬にしておかぬと、端午たんご節供せっくというのに柏餅かしわもちは食べられぬ。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この日、五月五日は男の節句せっくであった。武家ではとくに、端午たんごノ節句は、おごそかにやる。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
地方で一般によく知られているのは、春は旧三月三日の雛の節供と、夏の五月の端午たんごの日であって、この二つだけにただセックといっても通用する程に、民間の言葉とよく一致している。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
端午たんごをすまして、五月の十二日に、義元の本陣は、嫡子ちゃくし氏真うじざねを留守居として府中に残し、沿道の領民が歓呼して見送る中を、歩武堂々ほぶどうどう、天日の光を奪うばかりな華麗豪壮な武者、馬印、大旆たいはい
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつか夏も近づいて、五月の声を聞くと、その日は、端午たんご節句せっくだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五二 端午たんご
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
『ちまきは、どうやの、きょうは端午たんご、五月のお節句せっくじゃがの』