福音ふくいん)” の例文
近来一部の政治家と新聞記者とは各自党派の勢力を張らんがために、これらの裏長屋にまで人権問題の福音ふくいんいようとあせり立っている。
そういう時代に、博文館から日本文字全書、温知おんち叢書、帝国文庫などの翻刻物を出してくれたのは、われわれに取って一種の福音ふくいんであった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小山はおもむろに席に就き「中川君、非常に面倒で大きに弱ったがやっと今日らちいたよ」とこの一語は天の福音ふくいんとしてお登和嬢の耳に響きぬ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そのようなわけで、艶子から見舞いに来るという電報を受け取った時には福音ふくいんのごとく喜びました。愛する妹は天使のごとく私に来たりました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しかし、加賀見忍剣かがみにんけん龍太郎りゅうたろうやまた咲耶子さくやこにいたるまで、みなこの報告を天来の福音ふくいんときいて武田再興たけださいこう喜悦きえつにみなぎり、春風陣屋じんやにみちてきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その喜怒哀楽は必竟ひっきょうするに拘泥するに足らぬものであるというような筆致が彼らの人生にもたらきた福音ふくいんである。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
欧洲から日本へ、日本から欧洲へと往復するにもただプラプラと青い尻尾さえ引摺ひきずればむのだから、今の若い日本の画家等にとっては大変な福音ふくいんなのだ。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
それは、この一行のだれもが考えていることでした。だから赤々と輝く暁の光は、ふたたびおとずれてくるであろう幸運の太陽の福音ふくいんのように思われたのです。
涅槃ねはん主義者となり、福音ふくいん信者となり、仏教信者となり——その他自分でもよくはわからなかったが——喜んであらゆる罪悪を許し、とくに淫逸いんいつな罪悪を許し
僕には、信仰がある、僕は、福音ふくいんを信じる。あなたは、形容詞けいようしをお間違へになつた、僕は異教哲學者ぢやなくて、キリスト教哲學者——基督教義の踏襲者です。
その頃、毎日のやうに新聞に出る、高柳こう子といふ女の発明で(三日つけたら色白くなる薬)といふ広告を読み、私は天来の福音ふくいんと思つて早速東京へ送金した。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
生食の福音ふくいんを聞きその儘東京へ帰って、直ちに実行して見たが、たちまち激烈に胃を痛めて今日迄その負傷が残って居る、生食に一面の真理はあるにしてからが
福音ふくいんじゃないか。キリストは、だから、——おや、叔父さんが、多勢の侍者を引きつれて、血相かえてやって来た。きょう、此の大広間で、何か儀式でもあるのかしら。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
平和の福音ふくいん鼓吹こすゐせねばならぬと言うて居られたから——が、先生も実にお気の毒で堪らぬ——
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
人に血を吸われたあわれな者の、まさに死なんとする耳に、与吉は福音ふくいんを伝えたのである、この与吉のようなものでなければ、実際またかかる福音は伝えられなかったのであろう。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そう云う人、すなわち教育があって、信仰のない人に、単に神を尊敬しろ、福音ふくいんを尊敬しろと云っても、それは出来ない。そこで信仰しないと同時に、宗教の必要をも認めなくなる。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
近世の文化的教養を受け、精神主義の福音ふくいんに醉わされた人々は攻撃の相手を見失つた。
唯物史観と文学 (旧字旧仮名) / 平林初之輔(著)
併しこの際の庄太郎にとっては、その考えが、天来てんらい福音ふくいんごとく有難いものに思われるのだった。そして、考えに考えた挙句あげく、結局彼はその計画を実行して見ることに腹を極めた。
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ひとり天才のみが肯定すべき人間であるなら、この世よりのろわしい世があろうか。だが自然の仕組みはかくまでに無謀であろうか。大衆をも肯定する温かい福音ふくいんがないであろうか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
二十万坪買収は、金にかわき切った其或人々にとって、旱田ひでりだ夕立ゆうだち福音ふくいんであった。財政整理の必要に迫られて居ると知られた某々の有力者は、電鉄の先棒となって、さかん仲間なかまを造りはじめた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「あれだ、あれだよ、あの笑い声だよ、俺達にとっての福音ふくいんはね」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
消費者せうひしやかられば此上このうへもない福音ふくいんである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
「どうもこうもありません。この椿事ちんじは、曹操には福音ふくいんであり、呉にとっては致命的な禍いといえるでしょう」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いたずらにこの境遇を拈出ねんしゅつするのは、あえ市井しせい銅臭児どうしゅうじ鬼嚇きかくして、好んで高く標置ひょうちするがためではない。ただ這裏しゃり福音ふくいんを述べて、縁ある衆生しゅじょうさしまねくのみである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「然し、反抗は同時に進歩の源泉にもなる。自由と云ふ近世の福音ふくいんは反抗から生れたのだ。」
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
ひとはれたあはれなものの、まさなんとするみゝに、與吉よきち福音ふくいんつたへたのである、この與吉よきちのやうなものでなければ、實際じつさいまたかゝ福音ふくいんつたへられなかつたのであらう。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
悪人必ず往生おうじょうを遂ぐとの、あの驚くべき福音ふくいんが、ここにも読まれるではないか。工藝において、衆生は救いの世界に入る。工藝の道を、美の宗教における他力道たりきどうと云い得ないであろうか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
社会主義の福音ふくいんは既に軍隊の内部に瀰漫びまんせんとしつゝあるを、平和主義の故を以て露国教会はトルストイを除名せり、然れ共今や学生の一揆、労働者の同盟罷工にむかつて進軍をがへんぜざる士官あり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
お松は福音ふくいんを聞きむさぼる如く、その声に執着すると、その歌は——
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この女連には武右衛門君が頭痛に病んでいる艶書事件が、仏陀ぶっだ福音ふくいんのごとくありがたく思われる。理由はないただありがたい。強いて解剖すれば武右衛門君が困るのがありがたいのである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
現実に即してこそ美の福音ふくいんがありはしまいか。民衆に美が交わってこそ、美の社会が可能ではないか。自然に帰依してこそ全き美がありはしまいか。秩序に準じてこそ真の自由がありはしまいか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
これは、確かに、福音ふくいんだった。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)