矢来やらい)” の例文
旧字:矢來
夕ぐれの風が、矢来やらいの竹にカラカラとものさびしい音を鳴らすほか、むらがった大衆たいしゅうも、シーンとして、水のようにひそまっていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
式が果ててから松本と須永と別に一二人棺につき添って火葬場へ廻ったので、千代子はほかのものといっしょにまた矢来やらいへ帰って来た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それによると、除村では門をひらいて竹矢来やらいを結い、すでに三十人ほど集まっているし、なおあとから駆けつける者が絶えない。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
杉の木立ちのあいだに、ものものしい竹の矢来やらいを結びめぐらし、出口入口には炎々えんえんたる炬火かがりびが夜空の星をこがしています。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何しろ江戸一の大祭なので、当日は往来を止めてみだりに通行を許さず、傍小路わきこうじには矢来やらいを結い、辻々には、大小名だいしょうみょう長柄ながえや槍を出して厳重に警固する。
と云ふのは少し大雑把おほざつぱである。牛込うしごめ矢来やらいは、本郷ほんがう一帯の高地にははひらない筈である。けれどもこれは、白壁はくへき微瑕びかを数へる為めにあげたのではない。
日本小説の支那訳 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ただ一片いっぺん布令だけの事であるから、俗士族は脇差わきざしを一本して頬冠ほほかむりをして颯々さっさつと芝居の矢来やらいやぶっ這入はいる。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
気の利いた洋服を着せられた楓の手を引いているうちに、佳一は矢来やらいの榎の家へ行って見てもいい気持ちになって来た。楓の母親が、佳一の姉と同窓であった。
ヴァリエテ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
群がり立つたる槍襖やりぶすま戞矢かつし々々と斬り払ひ、手向ふ捕手とりて役人を当るに任せてなぐり斬り、或は海へひ込み、又は竹矢来やらいへ突込みつゝ、海水をあけに染めて闘へば
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
空に星がまばたき始める頃、まるで日が暮れ切るのを待ってでもいた様に、気違い葬儀車は、牛込うしごめ矢来やらいに近い、非常に淋しい屋敷町やしきまちの真中で、ピッタリと停車した。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
右は辻番所だが、左は炭部屋、矢来やらい廻の竹囲たけがこいがあって、中は刺客の忍ぶには屈強な場所です。
よいから矢来やらいの婆さんのところの小倉おぐらの隠居に頼んでおいて荷物を運んでもらった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
あの………ひらきの、お仕置場らしい青竹の矢来やらいの向うに……貴女等あんたたち光景ようすをば。——
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌朝連名の手紙を女中に持たせて矢来やらいの新潮社に無心むしんを申込んだことがあった。
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「本尊の台座の下に隠してあったよ。青竹は外の矢来やらいから引っこ抜けばいい」
御母さんが御前の事を大層心配してわざわざ矢来やらいまで来たから、今おれがいろいろに云ってようやく安心させたところだと告げた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
群集ぐんしゅうはただ、こう口からもらしただけであった。正視せいしするにしのびないで、なかには、矢来やらいにつかまったままあおざめた者すらある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次の日は雨で、工事は休みになり、もっこ部屋の人足たちの半数が、矢来やらいの修理に出された。この島の岸に沿って、高さ九尺の矢来がまわしてあり、古くなったところを取替えるのである。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
南町で晩飯の御馳走ごちそうになって、久米くめ謎々なぞなぞ論をやっていたら、たちまち九時になった。帰りに矢来やらいから江戸川の終点へ出ると、き地にアセチリン瓦斯ガスをともして、催眠術の本を売っている男がある。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
太鼓は三色みいろ母衣武者ほろむしゃが、試合場しあいじょうの左右から正面へむかってかけだすらせだった。そこには、矢来やらいと二じゅういまわされたさくがある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは珍らしく秋の日の曇った十一月のある午過ひるすぎであった。千代子は松本の好きな雲丹うにを母からことづかって矢来やらいへ持って来た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこの葛原くずはらヶ岡には、白い幕を引いた死の座がもう風の中に出来ていて、矢来やらいの竹がカラカラと虚空こくうに魔の笑いのような音をたてていた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのほか市中たいていの平地ひらちは水害を受けて、現に江戸川通などは矢来やらいの交番の少し下までつかったため、舟に乗って往来ゆききをしているという報知も書き込んであった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それにせよ、通い戸のほかは、庭口も廊の渡りも、牢御所と名に呼ぶごとく矢来やらいやぶつけ板で囲まれていたこととは想像される。
それでも矢来やらいの坂をあがって酒井様の見櫓みやぐらを通り越して寺町へ出ようという、あの五六町の一筋道などになると、昼でも陰森いんしんとして、大空が曇ったように始終しじゅう薄暗かった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜霞よがすみのあるせいか、江戸川のくぼの向うに、いつもは近く見える矢来やらい天文櫓てんもんやぐらの灯が、今夜は、海のあなたほど遠く見える。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それのみでなく、御幽居には矢来やらいをめぐらし、諸事のお扱いも、一倍きびしいままと今日も聞いた。……あれほど、師泰もろやすへも先日、おゆるやかにいたせと申しおいたのに」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのつぼねの方でも、かなきり声や悲鳴がきこえる。公宗は胸を八ツ裂きにされつつ呵責かしゃく矢来やらいの中にいるようだった。だが、彼のまわりは依然、人もない空間のままである。
このへんでよかろう。なにせこんどのご処刑は首かずが多いのだから、矢来やらいもひろく取らねばならんし、獄門台も渡してある図面どおり幾ツも要する。ここらを中心に、まず囚人めしゅうどのツナギぐい