畏敬いけい)” の例文
そうして彼の行為動作はことごとくこの精進の一語で形容されるように、私には見えたのです。私は心のうちで常にKを畏敬いけいしていました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
子ながらも畏敬いけいの心の女御にょごの所へこの娘をやることは恥ずかしい、どうしてこんな欠陥の多い者を家へ引き取ったのであろう
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と、三千夫少年も、カニばかりはいった魚籠びくをかついで、スミス警部のところへとんできた。いまや警部は船内の畏敬いけいのまととなった。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
数世紀の間不幸な火災を免れて来たわずかの建築物は、今なおその装飾の壮大華麗によって、人に畏敬いけいの念をおこさせる力がある。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
従って沿道の各地でも今なお三吉様が道中姿で、その辺を通っていることがあるように考え、ことにその点を畏敬いけいしたのであった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あけみは深くうなずいて、畏敬いけいのまなざしで恋人の上気した顔を見上げた。克彦はあわただしく腕時計を見た。八時十五分だ。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一八七六年版ゴルトチッヘルの『希伯拉鬼神誌デル・ミスト・バイ・デン・ヘブレアーン』に、『聖書』にいわゆる竜は雲雨暴風を蛇とし、畏敬いけいせしより起ると解いた。
わしはそのさっきからんとなくこの婦人おんな畏敬いけいの念が生じて善か悪か、どの道命令されるように心得たから、いわるるままに草履を穿いた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしその健脚はわたくしのたぐいではなかった。はるかにわたくしにまさった済勝せいしょうの具を有していた。抽斎はわたくしのためには畏敬いけいすべき人である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
カントも「我々が常に無限の歎美と畏敬いけいとを以て見る者が二つある、一は上にかかる星斗爛漫らんまんなる天と、一は心内における道徳的法則である」
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
そういうかれらが驕慢きょうまんそのもののようなかなえには、反感や悪意よりも、むしろ畏敬いけいに似た態度を示すのはなぜだろうか。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今日この事は感謝を以て記憶されねばならぬ。私は悠久な朝鮮の藝術的使命を畏敬いけいする事が、日本の執らねばならぬ正当な態度であるべきを想う。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
力持のお勢さんも、この人にはなんだか畏敬いけいが先に立つと見えて、お給仕の時も冗談が一ついえないで堅くなっている。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
暴徒らは深い畏敬いけいの念でその前に道を開いた。彼は惘然ぼうぜんとしてあとに退さがったアンジョーラの手から、軍旗を奪い取った。
辰野隆たつのゆたか先生を、ぼんやり畏敬いけいしていた。私は、兄の家から三町ほど離れた新築の下宿屋の、奥の一室を借りて住んだ。
一気に言ったが、思いなしか、最後の言葉を言った時のそのしゃがれた声は、恐怖に似た畏敬いけいと憎悪に似た反撥との奇怪な混合を示しつつ、震えていた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
朝早く私のベッドに乗る裁判官を迎えるときの私の悪口三昧ざんまいをお聞きになれば、あなたは裁判官に対する畏敬いけいの念などなくしてしまうことでしょう。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
悟空はそれを弱きものへの憐愍れんびんだと自惚うぬぼれているらしいが、実は、悟空の師に対する気持の中に、生き物のすべてがもつ・優者に対する本能的な畏敬いけい
信実のところ私は、一葉女史を畏敬いけいし、推服してもいたが、私の性質さがとして何となく親しみがたく思っていた。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一本気らしいところが見えるし、本家の義兄が特にこの姉を畏敬いけいしていることなども思い合されるのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼らよりも一層投げやりにそれを表わすことが出来た。歩くにつれて腹の底に落ちつくこの感動は、阿賀妻らに対する畏敬いけいに変って彼の頭を熱くするのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ひとたび下からの畏敬いけいなき馬上におかれては、鬼柴田の号令といえ、ついにうつろな空声に帰せざるを得ない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
畏敬いけいされる君主とか、信頼される指導者などによるものであり、機能的統合または合理的権威というのは、道理のある議論とか、一般に認められた制度とか
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
園は一人の勤勉な科学者であればそれで足りるのに、兄のように畏敬いけいする星野からの依頼だとはいえ、格別の因縁いんねんもない一人の少女に英語を教えるということ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
念願は心の緊張のうちに行われる。仏前に在っては我々は畏敬いけいのため慎しみふかくしていなければならない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
多少ともこれに似た畏敬いけいの念を彼に抱かせた同時代人があるとすれば、それはコロレンコだろう。
先祖は失意の人の為に好い「隠れ家」を造って置いてくれた。彼は家附の支配人の手から、退屈な事業を受取ってみて、はじめて先祖の畏敬いけいすべきことを知ったのである。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして、朝日の光は、そこに職分を忘れた奉行と、心底を割った囚人とがともに全裸の人間として男と男の友愛、畏敬いけい、信頼に一つにとけ合っているのを見いだしたのだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
太田にとっては岡田良造は畏敬いけいすべき存在であった。ただ、この言語に絶した苛酷な運命にさいなまれた人間の、心のほんとうの奥底は依然うかがい知るべくもないのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
これは私が福沢先生の友人とし——友人といえば少しく鳴滸おこがましいようでありますが、最も畏敬いけいするところの先輩とし、ほとんど三十五年間の深い交わりのあった関係からして
その時、子規は、夏目先生の就職その他についていろいろ骨を折って運動をしたというような話をして聞かせた。実際子規と先生とは互いに畏敬いけいし合った最も親しい交友であったと思われる。
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
親愛なるクリストフ君——わが畏敬いけいせる友、と呼んでよろしいでしょうか。
その頃のブラームスは胸幅の広い、髪の毛の美しい、青い烱々けいけいたる眼と、厳然たる態度を持った偉丈夫で、すべての人に畏敬いけいされていたということは、残る写真を見てもうなずけることである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
その頃物理の畏敬いけいすべき先輩が恋愛事件で失脚されたことがあった。
感嘆すべく畏敬いけいすべきものとなしているのである。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
どこかに欠点でもある人なら当然のこととも思っておられようが、あまりに気高けだかい明石の姿はこの人たちに畏敬いけいの念を起こさせて
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼は明智小五郎を畏敬いけいしながらも、刑事上りの老練家として、素人探偵の助力をたよることを、日頃から、いささか不面目ふめんもくに感じているのだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
今日この事は感謝を以て記憶されねばならぬ。私は悠久な朝鮮の藝術的使命を畏敬いけいする事が、日本の執らねばならぬ正当な態度であるべきを想う。
朝鮮の友に贈る書 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
常日ごろ、“巨人”という名をあたえられて畏敬いけいされていた彼だけに、今の有様は、なみだなしでは見られなかった。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
藩内では家老であり、その時代には一種の志士として畏敬いけいされていたのであったから、荘内藩の巡邏隊はそれを聞いて、やや意を安んずるところあって
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
瞠目されるどころか、人に、だまされてばかりいる。人を、こわがってばかりいる。人を、畏敬いけいしてばかりいる。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
われらの研究と発明と精神事業が畏敬いけいを以て西洋に迎えらるるや否やは、どう己惚うぬぼれても大いなる疑問である。
民たちは新しいおしえに驚異し、畏敬いけいと恐怖と、あるいは懐疑の念をもってこの堂内にぬかずいたであろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
彼らの仲間内で、及時雨きゅうじう宋江の名は、仁愛と畏敬いけいの対象として、広く絶大な響きをもっていたらしい。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしそうならばこれとともに足跡に関する畏敬いけいの情までも、移して彼に与えたことになるのである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かつて私はあの人の芸が、精力的エネルギッシュで力強いのを畏敬いけいしたが、粗野なのに困るという気持ちもした。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
傑作をうちながめる人たれか心に浮かぶ綿々たる無限の思いに、畏敬いけいの念をおこさない者があろう。傑作はすべて、いかにも親しみあり、肝胆相照らしているではないか。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
あの本居宣長ののこした教えを祖述するばかりでなく、それを極端にまで持って行って、実行への道をあけたところに、日ごろ半蔵らが畏敬いけいする平田篤胤ひらたあつたねの不屈な気魄きはくがある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかもそれは恐ろしい伝染性の血を吐く危険な厄介物やっかいものでもあるのだ。朋友の間には畏敬いけいをもって迎えられる清逸だけれども、自分の家では掃除そうじ一つしようともしない怠け者になってしまうのだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ハンスは父親については畏敬いけいの念をこめて、あるいは不安の気持を見せながら話すのだが、それもただ母親のことが同時に話に出ないときのことであって、母親に比べると父親の価値は小さいらしく
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)