漸々だんだん)” の例文
漸々だんだん毛が抜け変って赤くなります。」といった。私は、好い加減なうそをいうのだと思って、別に「うか。」とも答えなかった。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかし彼等が漸々だんだんほろびて行くことは争われぬ道理で、昔に比べると其人数そのにんずも非常に減って来たに相違ない。やがては自然とほろつくすであろう。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自分は此等縁辺のものを代る/″\喰ひ廻つて、そして、高等小学から中学と、漸々だんだん文の林の奥へと進んだのであつた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
貧民窟は実に静かで、夜は漸々だんだん更けて行く。石油のカンテラが揺いて油烟が美しい曲線をなして立ち上る。植木は相も変らず居睡りを続けて居る。
車屋の黒はそのびっこになった。彼の光沢ある毛は漸々だんだん色がめて抜けて来る。吾輩が琥珀こはくよりも美しいと評した彼の眼には眼脂めやにが一杯たまっている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
木の枝岩角いわかどなどにすがって、私たちの手を引っ張り上げてくれなどして、漸々だんだん木のある場所まで登りましたが、さあ
門を叩いている音は漸々だんだん激しくなる。ただの訪問者ではないことはすぐ分った。大きなかんぬきが揺れているのだ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを窃む為に倫敦から忍び返ってお紺を殺したのだ、其の疑いを輪田夏子へ掛け自分は其の金を隠して置き年を経るに従って漸々だんだんに引き出して自分の物にして了ったのだ
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ミハイル、アウエリヤヌイチはもとんでいた大地主おおじぬし騎兵隊きへいたいぞくしていたもの、しかるに漸々だんだん身代しんだいってしまって、貧乏びんぼうし、老年ろうねんってから、ついにこの郵便局ゆうびんきょくはいったので。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「有望」という事にある限界線を置いている彼等が、時折その線を突破する平一郎を漸々だんだんによく思わなくなったのも無理はない。勝れたる者は苦しめられなくてはならない現世である。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
漸々だんだん自分の行末いくすえまでが気にかかり、こうして東京に出て来たものの、何日いつ我がのぞみ成就じょうじゅして国へ芽出度めでたく帰れるかなどと、つまらなく悲観に陥って、月をあおぎながら、片門前かたもんぜんとおりを通って
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
修禅寺の僧が泛ぶ……というような順序で、漸々だんだんに筋をまとめて行くうちに、二人の娘や婿が自然に現われる事になったのです。
美妙びみょうの音楽の音が響いて来て、初めは何でも遠くの方に聞こえたと思うと漸々だんだんかく、しまいには何でも池の中から湧き出て来るように思われた。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
密語ひそめきの声は漸々だんだん高まつた。中には声に出して何やら笑ふのもある。と、孝子は草履の音を忍ばせて健のかたはらに寄つて来た。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
塔をめぐる音、壁にあたる音の次第に募ると思ううち、城の内にてにわかに人の騒ぐ気合けはいがする。それが漸々だんだん烈しくなる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
つい浮かされて少しの間は面白くて元気も善いが、漸々だんだんに夢が醒めるのですよ。町へ出て脚気に罹る人でも、初めから誰れが脚気に罹ると思ひますか?
すると黒い物が漸々だんだん近づいて、それがやはり人間であるように思われた。私は、それで、ず大声を立てて呼んで見る気になった。其処で呼んで見た。
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかし近所に銀山も拓けて、漸々だんだんここらもにぎやかになるから、𤢖も山奥へ隠れてしまって、余り出なくなるかも知れない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もとかなりの地位にあった彼女の父は、久しく浪人生活を続けた結果、漸々だんだん経済上の苦境に陥いって来たのである。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、漸々だんだん病勢が猖獗さかんになるにれて、渠自身も余り丈夫な体ではなし、流石に不安を感ぜぬ訳に行かなくなつた。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
嘘らしいような不思議の話でも、漸々だんだんに理屈を詮じ詰めて行くと、それ相当の根拠よりどころのあることを発見するものだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
漸々だんだん西にしかたむいて、なみうえ黄金色こがねいろかがやいて、あちらの岩影いわかげあかひかった時分じぶんには、もうそのふね姿すがたなみうちかくれて、けむり一筋ひとすじそらのこっていたばかりです。
赤い船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そうこうしている中に予科三年位から漸々だんだん解るようになって来たのである。
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
北上川の水音は漸々だんだん近くなつた。足は何時しか、町へ行く路を進んでゐた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ほんの仄白ほのじろく沙原が見えるようになった。夜が地平線から、頭を出して此方こちらを覗いている。赤い夕焼は次第に彼方に、追いやられてしまった。夜が、漸々だんだん此方に歩いて来る。
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
空は漸々だんだん暗くなって来た。雪がまたふって来そうになった。私は銃をかついで家へ急いだ。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
私は白い粉薬を見詰みつめていると、漸々だんだん気が変になって、意識が茫然として来て、この儘この粉薬を自分の口に入れはしまいかと疑った。——この時私は敢て顔を上げては見なかったが——。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼方のあぜ悄然しょんぼりと立ってる並木にすら、聞えなかったであろう。漸々だんだん黒雲は頭の上を通り越した。薄明るかった南の方の空が、暗くなった。黒雲が空を掩い尽したのである。ただ闇の裡に風がれた。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)