檐下のきした)” の例文
不図気がつくと、納屋の檐下のきしたには、小麦も大麦も刈入れたたばのまゝまだきもせずに入れてある。他所よそでは最早棒打ぼううちも済んだ家もある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この時天がにわかに曇って、大雨が降って来た。寺の内外に満ちていた人民は騒ぎ立って、檐下のきした木蔭に走り寄ろうとする。非常な雑沓である。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
セルギウスは女が檐下のきした雨落あまおちに足を踏み込んだと云ふ事を知つた。手に握つてゐる戸の鉤を撥ね上げようとする手先が震えた。
……何だろうと思って、そっと近寄って見ると、鳴海絞なるみしぼりの黒っぽい浴衣を着た里春が、片袖を顔へひき当てるようにして檐下のきしたに寝ているんです。
勘次かんじそのとき不安ふあん態度たいどでぽつさりと自分じぶんにはつた。かれすで巡査じゆんさ檐下のきしたつてるのを悚然ぞつとした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
まアまアなにしろみなしに雪がつては為方しかたがない、此家檐下のきした拝借はいしやくしようか……エーう日がれたからな、一倍いちばい北風きたかぜが身にむやうだ、ばうは寒くはないか。
突き当りの山の肌が赤剥けにずり落ちてその下に屋根形の大残雪が懸っていた、檐下のきしたを抜足で通り抜ける、縁からも天井からも雪解の雫が破ら屋を洩る雨のように滋く落ちて
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
明くる朝になって見ると、彼が立っていた所には、二、三羽の鵝鳥や鴨が檐下のきしたに投げ落されていた。それを煮て食った者もあったが、その味は普通の鳥と変ったこともなかった。
第一の必要が高燥で日当りの好い土地ですから物置ものおき檐下のきしたで南向きの処を択べばそれで沢山です、先ず其処そこを一坪竹矢来たけやらいかこいます。一坪なくとも奥行四、五尺位でも構いません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
電燈のついたばかりの、町店が、一軒、檐下のきしたのごく端近はしぢかで、大蜃おおはまぐり吹出ふきだしたような、湯気をむらむらと立てると、蒸籠せいろうからへぶちまけました、うまそうな、饅頭と、真黄色な?……
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
松波荘九郎まつなみさうくらうといふ者、武者修行として、稀〻、蜂須賀邑に到、日暮れ宿を求むるも応ずるものなし、小六正和、その居宅の檐下のきした躊躇ちうちよせるを怪しみて故を問ひ、艱難相救ふは、武士の常情なり
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は納屋なや檐下のきしたにころがって居る大きな木臼きうすの塵を払って腰かけた。追々人がえて、柿の下は十五六人になった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「そんなこといはねえでいくつでもつてけよ、なほぎはけねえぢやえかねえもんだから」勘次かんじ漬菜つけなはなして檐下のきしたた。あしでたやうにあかくなつてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
檐下のきしたに、白と茶の大きな斑犬ぶちいぬ一頭ひとつ、ぐたりと寝ていました。——あの大坊主と道づれでしたが。……彼奴あいつ、あの調子だから、遠慮なしに店口で喚いて、寝惚声ねぼけごえをした女に方角をききましたっけ。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ずっと陽照りつづきで檐下のきした忍草しのぶまでグッタリと首を垂れている。
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
はい/\有難ありがたうございます、誠にお檐下のきした拝借はいしやくするばかりでも、わたくし有難ありがたいとぞんじますのに、又々また/\強請ねだりまうして、お煙草たばこ粉末こなを願ひましたところ、かへつてお薬をくだされまして、はい有難ありがたぞんじます
うん」と久さんは答えて、のそり/\檐下のきしたから引き出して、二握三握一つにして、トンと地につきそろえて、無雑作むぞうさに小麦からでしばって、炬火をこさえた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この時酒屋の檐下のきしたより婀娜あだたる婦人おんな立出たちいでたり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)