摩利支天まりしてん)” の例文
葉末はずゑにおくつゆほどもらずわらふてらすはるもまだかぜさむき二月なかうめんと夕暮ゆふぐれ摩利支天まりしてん縁日ゑんにちつらぬるそであたゝかげに。
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
とこには一度も掛替えたことのないらしい摩利支天まりしてんか何かの掛物がかけてあって、渋紙色しぶがみいろに古びた安箪笥やすだんすの上には小さな仏壇が据えられ
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
摩利支天まりしてんにも見放され……とは「関取千両幟せきとりせんりょうのぼり」ですが、乞食に見放されたのは芸界広しといえどもまず私でございましょう。
初看板 (新字新仮名) / 正岡容(著)
それは白晒布ざらしの地に、八幡大菩薩はちまんだいぼさつ摩利支天まりしてんの名号を書き、また、両の袖に、必勝の禁厭まじないという梵字ぼんじを、百人の針で細かに縫った襦袢じゅばんであった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒壁は金沢市の郊外一里程の所にあり、魔境を以て国中に鳴る。けだし野田山の奥、深林幽暗の地たるにれり。ここに摩利支天まりしてんの威霊を安置す。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「この子は育てるのに骨が折れますよ。十一になるまで、摩利支天まりしてんさまのお弟子にしておくといいんだそうですよ。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼の所謂いはゆる洒落本しやれほんこんにやく本及び草紙類の作家が惟一ゆゐいつの理想とし、武道の士の八幡摩利支天まりしてんに於けるが如く此粋様を仰ぎ尊みたるの跡、滅す可からず。
あすはどの手で投げてやろうと寝返り打って寝言ねごとを言い、その熱心が摩利支天まりしてんにも通じたか、なかなかの角力上手になって、もはや師匠の鰐口も、もてあまし気味になり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
峠の上まで来ると林は尽きて、真黒なくずれ岩の堆積した斜面が右にも左にも現れる。峠から見上げた摩利支天まりしてんの大岩壁には、殿下も「素晴らしい」と暫しお見とれになった。
江戸の西隅、青山摩利支天まりしてん大太神楽だいだいかぐら興行……とあって、これが大へんな人出だった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と南平が承知したから、自分のウチへつれて帰って、伝授をうけ、まず稲荷いなりを拝む法から始めて、加持かじの法、摩利支天まりしてん鑑通かんつうの法など、その他いろいろ二カ月に残らず教えてもらった。
安吾史譚:05 勝夢酔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
なるほど鎌宝蔵院の槍の名残なごりの道場、棟行むねゆきは十二三間もあろうか、総拭そうぬぐい板羽目いたばめで、正面には高く摩利支天まりしてん勧請かんじょうし、見物のところは上段下段に分れて道場の中はひろびろとしている。
幸ひ片端かたはしより破落離々々々ばらり/\薙倒なぎたふす勢ひに惡漢どもは大いに驚き是は抑如何そもいか仁王にわう化身けしん摩利支天まりしてんかあら恐ろしの強力や逃ろ/\と云ひながら命からがら逃失にげうせけりまた打倒うちたふされし五七人は頭をわらすね
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
此の時の隆景の勇姿は摩利支天まりしてんの如くであったと云われている。
碧蹄館の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「摩利と申すからは、摩利支天まりしてんを祭る教のようじゃな。」
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「それとも、摩利支天まりしてん様へ願をかけるとか何とか」
「深川摩利支天まりしてん横町ひさ」というのが一基。
むしろ時々彼の胸に忍び入る彼の真実ほんとのたましいを、その人間の両脚は摩利支天まりしてんみたいに踏ンまえている姿だった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
春濤は枕山が仲御徒町なかおかちまち三枚橋の家の近くに居をしゅうし、更に翌年の春頃同じ町内の摩利支天まりしてん横町の角に移った。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は四方の山を見ているうちにぼうとなってしまって、殆ど夢中で五の池から摩利支天まりしてん、一の池の三十六童子を廻って小屋に帰り、其日の中に下山して宮ノ越に泊ったのですが
木曾御岳の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
一人が柴又しばまたへ走ると一人は深川の不動へまいり、広小路の摩利支天まりしてんや、浅草の観音へも祈願をかけ、占いも手当り次第五六軒当たってみたが、どこも助かると言うもののない中に
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
南無八幡大菩薩なむはちまんだいぼさつ、不動明王摩利支天まりしてん、べんてん大黒、仁王におうまで滅茶めちゃ苦茶にありとあらゆる神仏のお名をとなえて、あわれきょう一日の大難のがれさせたまえ、たすけ給えと念じてのさき真暗
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
摩利支天まりしてんノ神主ニ吉田兵庫トイウ者ガアッタガ、友達ガ大勢コノ弟子ニナッテ神道ヲシタ、オレニモ弟子ニナレトイウカラ、行ッテ心易こころやすクナッタラ、兵庫ガイウニハ、勝様ハ世間ヲ広クナサルカラ
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
青山長者ヶ丸の摩利支天まりしてん境内。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それから、長押なげしの槍を外して、摩利支天まりしてんのような恐い顔を反身そりみに持って、ずかずかと、庭へ下りた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
青年将校時代すでに、箕作城みつくりじょうの激戦には、味方に先がけて身に数ヵ所の手傷を負うほどな勇気を衆に示している。彼に、摩利支天まりしてんの一面がないとは決していわれまい。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かつわしは汝がために、摩利支天まりしてんに必勝の祈願を修法しているほどに心措きなく怨敵に立ち向え
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて泥土の戦場を駈け抜けてきたような糸毛輦いとげのくるまと、摩利支天まりしてんのようにこわばった顔をした二人の勇者とが、そのながえについて、ぐわらぐわらとこなたへ曳いてくるのが見えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)