太股ふともも)” の例文
石原は太股ふとももを半分泥によごしただけで、岸に着いた。獲ものは思い掛けぬ大さの雁であった。石原はざっと足を洗って、着物を着た。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
わけて弟のほうは、その太股ふともも飛天夜叉ひてんやしゃ刺青いれずみを持ち、嶺を駆ければ、鹿しかおおかみは影をひそめ、鳥も恐れ落ちなんばかりな風があった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汽車や電車に乗ると、胸毛むなげらし太股ふとももを現すをもって英雄の肌を現すものと心得て、かえってそれを得意とするものがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
雨が降ってい出した時には、ちゃんと私を迎えにやって来る。二、三度、大儀そうにとんで、太股ふとももを地につけて止り、赤い眼を私に向ける。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
けれども、その疲労を知らぬ、太股ふとももに薄い縞模様のある肉体が、私を圧倒した。私は彼女によって初めて、肉体の恋を知らされたといってよい。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
流行の女剣戟けんげきがかかっていて、座の前に、その剣戟女優が太股ふともももあらわに大見得を切っている一種奇矯な看板が出ている。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
「モット落着いて……馬の腹を覘え、馬の腹と人の太股ふとももを打ちく気組みで……まだまだ、ズット近くへ来た時でいい」
私は薄く鋭い爪を以て、全身に、縦横無尽のかき傷をこしらえた、豊なる乳房、ふくよかな腹部、肉つきのよい肩、はり切った太股ふともも、そして美しい顔にさえも。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
肩から腕へ塗り附け、胸から腹へ塗り下げ、襟耳の裏、やがては太股ふともも脹脛ふくらはぎ、足の爪先まで、くまなく塗り廻しますると、真直まっすぐに立上りましたのでありまする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「お忘れあそばすな」と言ふさへに力籠ちからこもりて、その太股ふとももしたたつめれば、貫一は不意の痛にくつがへらんとするを支へつつ横様よこさまに振払ふを、満枝は早くも身を開きて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
化粧の途中でふっと自分の顔に厭気いやけがさして来たが、昔はエハガキにもなったあでやかな美しい自分の姿がまぶたに浮び、きんはひざをまくって、太股ふとももはだをみつめた。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
と疑って、太股ふとももをぎゅっとつねってみたが、やはり痛い。だからこれは夢ではない。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今ははげしい汗疣あせもが、背から胸、胸から太股ふとももと全身にかけて皮膚を犯していた。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
金眸もとおさず黄金丸が、太股ふとももを噛まんとす。噛ましはせじと横間よこあいより、鷲郎はおどかかって、金眸がほおを噛めば。その隙に黄金丸は跳起きて、金眸がひらりとまたがり、耳を噛んで左右に振る。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そうあきらめててくれりゃア、私も大助かりだ。あいたたた。太股ふとももふッつりのお身替りなざア、ちとありがた過ぎる方だぜ。この上臂突ひじつきにされて、ぐりぐりでもめられりゃア、世話アねえ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
彼は失神していたが、助けだされるときの痛みで気がついたとみえ、二人の兵の肩にかかるとき「済まないな」と云った。その足は太股ふとももの中ほどから下へかけて布切れのように潰れていた。
一人ならじ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
また時々血を吸わせるには、太股ふともものところに瓶の口を当てて置くと蚤が来て血を吸う。そういうときに交尾状態をも観察し得るので、あの小さい雄の奴がまるで電光の如くに雌に飛びつく。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そう思っているうちに菜ッ葉服の大男が、カント・デックに腮でシャクられると直ぐに一つうなずいて菜ッ葉服の袖口をマクリ上げて、あっしの太股ふとももくれえある毛ムクジャラの腕を二本、突出しました。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ちらと太股ふとももを見せて片眼をつぶっている巴里。
太股ふとももをつかれた柄本又七郎が台所に伏していると、高見の手のものが見て、「手をおいなされたな、お見事じゃ、早うお引きなされい」
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と、死力であがいたが、行衣ぎょうえを泥にするだけで、起直れもしなかった。太股ふとももと肩の辺りに、二本も矢をうけていたのである。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内へ転げないで外へ転げた覆面の浪士は、米友の一槍で太股ふともものあたりをズブリと刺されたらしい。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私は醜い哀れさにたまらなくなり、彼女に肉体の欲望があるかどうかをく。「たまらないのよう」と彼女はなお身をくねらせ、その太股ふとももを私の上にのせる。また、病気になる。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そしてゆすりあげる度にしどけなくすそが乱れて、お由好みの緋縮緬ひぢりめんがだらりと地へ垂れ下る。その度に彼等は立止って、そのむっちりと張切った白い太股ふともものあたりをあわせてやらねばならなかった。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
五郎次は、後で蘇生したというが、おそらく跛行びっこになってしまったろう。左の太股ふとももか腰部の骨は砕けた筈である。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その刹那せつなに「おじ様、お相手」と叫んで、前髪の七之丞が電光のごとくに飛んで出て、又七郎の太股ふとももをついた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
おまけに、あなた達はパンツ一枚なのですから、太股ふとももの紅潮した筋肉が張りきって、プリプリ律動するのがみえ、ぼくはすっかり駄目だめになり、ほうほうのていで、退却たいきゃくしたことがあります。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
右の肱から肩、太股ふとももまで、半身は大火傷にただれているらしい。繃帯ほうたいですっかり巻かれていた。顔半分も、薬を塗って、白い覆面をしたように片目だけ出していた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
突然「あーア」とおおきい溜息ためいきをつき、「おーイ、みんな、漕ぐのはめろッ、ろッ寝ろッ」とさけびさま、オォルをぽおんと投げだし、ぼくの太股ふともものうえに、もじゃもじゃの頭をせました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
小銃の弾は、弁蔵の腰か太股ふとももにあたったらしい。子どものように痛い痛いとさけぶのを、肩越しに
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
郷士たちの方は、二人といっても、すでに一人はを負っているので、まったく逆上あがっていた。城太郎の太股ふとももの辺からも、鮮血はそこらへ散るし、文字どおり斬りつ斬られつの修羅図であった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)