唐辛子とうがらし)” の例文
松の間から見えるひとが、秋の空の下で、燃え立つように赤かった。しかしそれが唐辛子とうがらしであると云う事だけは一目ですぐ分った。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同じ刺撃性の食物でも唐辛子とうがらし山葵わさびの類をせきの出る病人に食べさせたらいよいよ気管を刺撃して咳を増さしめるけれども生姜しょうがは咳を鎮静ちんせいさせる。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ぼくのほうはどまん中にオダがあり、水棹みざおにて探り、その近くに舟を横づけして、三人並んで釣り始める。竿は丈一と二間の二本竿の唐辛子とうがらしウキ。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
その次には、一人の武骨な男が、得意になって三味線をひいていると、その前に、鬼が唐辛子とうがらしを持ちながら、しきりに涙を流しているところがある。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
梅酢うめず唐辛子とうがらしとを入れて漬ける四斗樽しとだるもそこへ持ち運ばれた。色もあかく新鮮な芋殻を樽のなかに並べて塩を振る手つきなぞは、お民も慣れたものだ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そしてヴェネチアでは唐辛子とうがらしの酢漬を買って見たり、小蛸こだこのうでたのなどを買って食ったりしたのであった。
(新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
進ぜる。お身ばかりでなく、一般の修行者にこれは出すことになっておる。当院の常例じゃ。そのこうの物の瓜は、宝蔵院漬というて、瓜の中に、紫蘇しそ唐辛子とうがらし
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内田から手前に百助ももすけ小間物こまもの店があった。職工用の絵具一切を売っているので、諸職人はこの店へ買いに行ったもの)、この横丁が百助横丁、別に唐辛子とうがらし横丁ともいう。
その大きなまっかな張り抜きの唐辛子とうがらしの横腹のふたをあけると中に七味しちみ唐辛子の倉庫があったのである。この異風な物売りはあるいは明治以後の産物であったかもしれない。
物売りの声 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
などすこし異様のことさえ口走くちばしり、それでも母の如きお慈悲の笑顔わすれず、きゅっとつまんだしんこ細工のような小さい鼻の尖端、涙からまって唐辛子とうがらしのように真赤に燃え
創生記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
足袋二枚はきて藁沓わらぐつつま先に唐辛子とうがらし三四本足をやかため押し入れ、毛皮の手甲てっこうしてもしもの時の助けに足橇かんじきまで脊中せなかに用意、充分してさえこの大吹雪、容易の事にあらず、吼立ほえたつ天津風あまつかぜ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
植木市と云っても本格的なものではなくてカアバイトの光とみずきりで美しくよそおっている品物が多かった。でも値段が安いので、私は蔓薔薇つるばらや、唐辛子とうがらしの鉢植えなどを買いに行った。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
信州でも北半分は、唐辛子とうがらしとか皀莢さいかちさやとか、茱萸ぐみとか茄子なすの木とかの、かわった植物を門口にき、南の方へ行くとわら人形を作りまたは御幣ごへいを立てて、コトの神を村境まで送り出す。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
余り技巧をらさぬところに実用価値があるからな。それはこうだ。番茶を熱く濃く出して、唐辛子とうがらしを利用して調味すること、ただそれだけの手順で結構刺戟性しげきせいに富んだ飲物が得られる。
煮た塩昆布をそのまま茶漬けにするのも、もとより異存はないが、山椒さんしょうの好きな人は、山椒の実の若くやわらかい時に、昆布といっしょに煮るといい。あるいは唐辛子とうがらしなどを入れるのもいい。
塩昆布の茶漬け (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
それからまた一方の椀には唐辛子とうがらしと塩とを入れて置きまして、そうして一方の麦焦しを雪とバタとでよく捏ねてその唐辛子の粉と塩とを付けて喰うのです。そのうまさ加減というものは実にどうも
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
尼寺の戒律こゝに唐辛子とうがらし
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
大風のあしたも赤し唐辛子とうがらし
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
彼はまた子供の差す位な短かい脇差わきざしの所有者であった。その脇差の目貫めぬきは、鼠が赤い唐辛子とうがらしを引いて行く彫刻で出来上っていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その中へバター大匙一杯牛乳大匙二杯塩胡椒唐辛子とうがらしナツメッグ少しずつとを混ぜてよく煉ってパンへ塗ります。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
唐辛子とうがらしウキで打ち返し釣るヤマベも楽しみだが、ぼくは酒匂川、相模川、多摩川の清流、二尺くらいの浅場でコブシ大ぐらいのアカつきの石を目あてに、白の玉ウキ
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
蓋物ふたものの陶器をそこへ出した。開けてみると、醤油煮しょうゆにのごまめに赤い唐辛子とうがらしが入っていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鷹の背中に爆裂弾をしばりつけて敵の火薬庫の屋根に舞い降りるようにするとか、または、砲丸に唐辛子とうがらしをつめ込んでこれを敵陣の真上に於いて破裂させて全軍に目つぶしを喰わせるとか
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
村外れの茶店で昼飯を食った時に店先で一人の汚い乞食婆さんが、うどんの上に唐辛子とうがらしの粉を真赤になるほど振りかけたのを、立ちながらうまそうに食っていた姿が非常に鮮明に記録されている。
二つの正月 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
甘い乳のかわりに唐辛子とうがらしめさせられてようやく母親のふところから離れたという幼い年頃の次郎を相手に、二階の部屋々々を見て歩くことも、岸本に取って楽しかった。義雄の部屋には炬燵こたつも置いてあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
辛辣しんらつさがにて好む唐辛子とうがらし
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
向こうにわら屋根がある。屋根の下が一面に赤い。近寄って見ると、唐辛子とうがらしを干したのであった。女はこの赤いものが、唐辛子であると見分けのつくところまで来て留まった。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一つは日射病のようなもので鶏冠が黒くなってしおれて急に弱って半日位でたおれますが何でも夏は平生鶏冠に注意して少しでも色が黒くなりかけたら唐辛子とうがらしの粉を口へ割り込んで水を
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
広間の方で、あまり愉快そうな笑い声がどよめくので、彼は、夕刻、お台所の方からそっと取り寄せておいたごまめの醤油煮しょうゆに唐辛子とうがらしをかけたのを、蓋器ふたものにいれ、のこのこと出向いて行った。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
細長い堅木の厚板に、身の上判断と割書わりがきをした下に、文銭占ぶんせんうらないと白い字で彫って、そのまた下に、うるしで塗った真赤まっか唐辛子とうがらしいてある。この奇体な看板がまず敬太郎の眼をいた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それと反対に椎茸酒といって椎茸を酒へ入れてかんしたり初茸や松茸を食べながらお酒を飲むと双方とも同じ性質だから酔いが激しゅうございます。唐辛子とうがらし芥子からしでお酒を飲んでもその通り。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
あれは玉蜀黍とうもろこしが干してあるんだよと、橋本が説明してくれたので、ようやくそうかと想像し得たくらい、玉蜀黍を離れて余の頭に映った。朝鮮では同じく屋根の上に唐辛子とうがらしを干していた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)