偶然ふと)” の例文
我は彼等を識らざりき、されど世にはかゝること偶然ふとある習ひとて、そのひとり、チヤンファはいづこに止まるならんといひ 四〇—四二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
その翌日のこと、二郎はいつもの山へ出掛けはしたが、偶然ふと昨日、両親から言われたことを思い出して、池の畔りへは行かなかったのである。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
旅行のたもとに携えた、誰かの句集の中にでもありそうなのを、偶然ふと目に浮べたはかったが、たちまち、小松原は胸を打った。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何処いずこの町とも分らぬが、或処で寂心が偶然ふと見やると、一人の僧形の者が紙の冠を陰陽師おんようじの風体を学び、物々しげにはらえするのが眼に入った。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ところが、この地に着いて、偶然ふと私は憶出おもいだしたのは、この米沢の近在の某寺院には、自分の母方の大伯父に当る、なにがしといえる老僧がるという事であった。
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
観音堂への参詣を済まし、偶然ふと来かかった北山は、窩人達の話を耳にして「オヤ」と思わざるを得なかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
此秋山にはいにしへ風俗ふうぞくおのづからのこれりときゝしゆゑ一度はたづねばやとおもひりしに、此地をよくしりたる案内者あんないしやたりしゆゑ、偶然ふとおもひたち案内あなひをしへにまかせ
さて家人が其処そこへ転居してから一週間ばかりは何の変事も無かった、が偶然ふとある夜の事——それは恰度ちょうど八月の中旬なかばのことであったが——十二時少し過ぎた頃、急にその男が便通を催したので
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
このみて相應に打けるゆゑ折々をり/\は重四郎をの相手となせしを以て重四郎は猶も繁々しげ/\出入なし居しが偶然ふと娘お浪の容貌みめかたちうつくしきを見初みそめしより戀慕れんぼじやう止難やみがたく獨りむねこがせしがいつそ我が思ひのたけ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
十七ばかりになる娘との親子三人ぐらしであった、ところがこのうちというのは、世にも哀れむべき、癩病らいびょう血統すじなので、娘は既に年頃になっても、何処どこからも貰手もらいてがない、娘もそれをさとったが、偶然ふと
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
偶然ふと先方むこうに座敷のあかりが見えるから、その方へ行こうとすると、それがまた飛んでもない方に見えるので、如何どうしても方角が考えられない、ついぞ見た事のない、谿谷たにの崖の上などへ出たりするので
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
車中から偶然ふと見る湖岸に漣波さゞなみが立つて赤腹といふ小魚が群騷いでゐる。産卵のために雌魚雄魚が夢中になつてゐるのである。古い語で「クキル」とこれをいふ。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
一度ひとたびあやしんだが、偶然ふと河野の叔父に、同一おなじ道学者何某なにがしの有るのに心付いて、主税は思わず眉を寄せた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
爲居たる所に其頃江戸長谷川はせがは町に城重と言座頭ざとうもと幸手出生の者なりしが偶然ふと此事を聞故郷の者なれば幸ひ我が養子やうしもらはんとて其趣きを相談するに富右衞門も早速さつそく承知しようちなしけるゆゑ此子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼は偶然ふとこの黒い海の中に怖ろしいわにや、鱶鮫ふかざめが棲んでいるのだと思った。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
格言かくげんなりと耳にとゞまりしが、今偶然ふとおもひいだしたるゆゑしるせり。
飲みたくば勝手に台所へ行つて呑口ひねりや、談話が仕たくば猫でも相手に為るがよい、と何も知らぬ清吉、道益が帰りし跡へ偶然ふと行き合はせて散〻にお吉が不機嫌を浴せかけられ
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
偶然ふとした北の故郷にあった幼児おさなごの昔を懐想して、黄色な雲——灰色の空——白衣の行者——波の音——眼に尚お残っている其等それらの幻が私の心からぬぐい去られないで、いかにも神秘に感ぜられる。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
月いと清うさしいでて、葉裏をすかして照らすにぞ、偶然ふと思い付く頬の三日月、またあらわれはせざるかと、懐中鏡を取出とりいだせば、きらりと輝く照魔鏡に怪しき人影映りけるにぞ、はっと鏡を取落せり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かくて津國屋の老母お八重は偶然ふと目をさま四邊あたりを見るによめお菊の見えざれば如何せしやと延上のびあがりて見廻せども勝手にも居ざる樣子やうすゆゑひとり倩々つく/″\思ふ樣我長々の病氣にてこしも立ず身體自由ならぬ大病を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
飲みたくば勝手に台所へ行ってみ口ひねりや、談話はなしがしたくばねこでも相手にするがよい、と何も知らぬ清吉、道益が帰りし跡へ偶然ふと行き合わせてさんざんにお吉が不機嫌を浴びせかけられ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)