どま)” の例文
私は立ちどまった。女も私に気がいたのか、ななめに後をり返った。その顔の輪廓りんかくから眼のあたりが、どうしてもお八重であった。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
馬越氏は皺くちやなの甲で、その大事な眼をこすつてよろこんだ。そして骨董屋の店前みせさきを出ようとして思はずどまつた。
彼は一人の洋装の麗人が喫茶ギボンの飾窓ショウインドウの前で立ちどまったままスローモーションのあやつ人形にんぎょうのように上体をフラリフラリと動かしているのを認めた。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ちょうど二つ目の隧道トンネルへはいった時に青年はこう言ってじっと息を殺していた。私も石のようになって立ちどまった。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
と踏み掛けて、二足ふたあしばかり、板のなかばで、どまったが、なんにも聞こえぬ。もとより聞こうとしたほどでもなしに、何となく夕暮の静かな水の音が身に染みる。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「うまいうまい其辺でいい、一寸立ちどまってくれ、お前の頭の上は、二階の欄干の丁度角のあたりだ」
つかつかと進んだのが立どまつて見渡して、駄目だと思つて引返さうとすると、一隅の卓にゐた若い紳士が自分を呼び止めて、その卓に差向ひではどうだと云つてくれた。
山口は早くお杉を見に行こうと急に思い立つと、立ちどまって顔を上げた。すると、たちまち、もうさっきから、街の隅々から彼の挙動をうかがっていた車夫の群が、殺到して来た。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その前後二、三分の間にまくし上がった騒ぎの一伍一什いちぶしじゅうを彼は一つも見落とさずに観察していたわけではなかったけれども、立ちどまった瞬間からすぐにすべてが理解できた。
卑怯者 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
童子どうじはしょんぼりにわから出られました。それでも、また立ちどまってしまわれましたので、母さまも出て行かれてもっとむこうまでおれになりました。そこは沼地ぬまちでございました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
時代をいつに置くとも判らない意識にするこの場所にしばらく立ちどまり、むす子のアトリエのあるモンパルナスの空を眺めながら、むす子を置いて日本へ去る親子の哀別の情を貫いて
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だが、そんなに須山のことに立ちどまっていることはよくないことなのだ。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「しかし——」と校長は教員室の前で立ちどまった。陰気くさくぞろぞろ歩いていた教員たちははっとして校長の顔を見かえる。すると彼はちょこちょこと杉本に追いついて君——とその肩をたたいた。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そしては又立ちどまって眩しい夏の日光の中にうずくまっている。
とかげ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
主翁はちょと立ちどまった。白い書生の手がこっちへ来いと云うように動いた。主翁は書生の方へ歩いて往った。寒い風が庭の植木の枝を吹いていた。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は、ふとどまって、あたりを見まわした。目についたのは、畦道あぜみちそばを流れる小川だった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それはかの君長ひとこのかみの弟の反絵であった。彼はすすきの中にどまると、片眼で山上に揺られている一本の蜜柑の枝をねらって矢を引いた。蜜柑の枝は、一段と闇の中で激しく揺れた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
かの女は立ちどまって眼を閉じた。が、やがて何もかも取りなすような逸作のもの分りの好い笑顔が、かの女のまぶたの裏に浮ぶと、かの女は辛うじて救われたように、ほっと息をして歩き出した。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
時に、ここを通り過ぎて、廊下の彼方かなた欄干てすりのある、螺旋形らせんがたの段の下り口の処に立ちどまって、宿直医と看護婦長と、ひそかに額を交えてたたずんだのが、やがてこうべを垂れて、段を下りるのが見えた。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
タクマ少年が、僕の袖をひいて立ちどまらせたのは、上品な店舗てんぽの前だった。白と緑の人造大理石じんぞうだいりせきりめぐらし、黄金色こがねいろまばゆきパイプを窓わくや手すりに使ってあった。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すぐ立ちどまってどこへ往ったものであろうかと考えているようにしていたが、間もなくあとに引返して、そこに見えている山の方へ入って往くみちすかして見るようにしたのちに、その方へ歩いて往った。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
というのは、そのトンネルの穴が、すぐ向こうでどまりになっているように見えるのに、僕たちがそっちへ歩みよるに従って、その穴がしずかに後退していくことだった。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二宮の足は重いらしく、四本のすぐ前で立ちどまりそうな足どりである。
時計屋敷の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「おい、立ちどまらんで、もっと奥へはいってくれ」
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「昨夜はきわめて静穏せいおんでしたな。報告するほどの事件は一つもなかった。いや、正確に申せば只一件だけあった。深夜しんや池袋駅どまりの省線電車の中に、人事不省になった一人の男が鞄と共に残っていたというだけのことです」
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「行きどまりか——」
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
どまりだ」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)