一幅ひとはば)” の例文
一幅ひとはばの赤いともしが、暗夜をかくしてひらめくなかに、がらくたのうずたかい荷車と、曳子ひきこの黒い姿を従えて立っていたのが、洋燈を持ったまま前へ出て
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前垂ももとは四幅よはば三幅みはばの広いものであったのが、不断着のままで働くようになって、うしろはいらぬから、それが二幅ふたはばになりまた一幅ひとはばにもなった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
行詰ゆきづめに石垣に寄せて縁側えんがわのようにした一幅ひとはば桟橋さんばしがかかっていて、その下には大川の水が物の秘密を包んでいるように満満まんまんたたえていた。二人は河のおもてを見入ったのちに黙って顔を見合して衝立つったった。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
およそ一幅ひとはばの黒い影が、山の腹へひらひらと映って、煙が分れたように消える、とそこだけ、はっと月がして、芭蕉のあとを、明るくなる。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうすると袂が邪魔になって、手細の筒袖つつそでは着られない。それで今度は手元だけ細く、袖つけの所の広くなった巻袖まきそでがはやり出したのである。この袖は一幅ひとはばの袖を斜めに折ってこしらえた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
やはりそのものの手から、ずうと糸がつながっていたものらしい。舞台の左右、山の腹へ斜めにかかった、一幅ひとはばの白いもやが同じく幕でございました。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
天涯に衝立ついたてめいた医王山いおうせんいただき背負しょい、さっ一幅ひとはば、障子を立てた白い夕靄ゆうもやから半身をあらわして、にしきの帯はたしかに見た。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
目の前へ——水が、向う岸から両岐ふたつとがって切れて、一幅ひとはば裾拡すそひろがりに、風に半幅を絞った形に、薄い水脚が立った、と思うと、真黒まっくろつらがぬいと出ました。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぱっと糸のような真赤まっかな光線がさして、一幅ひとはばあかるくなったなかにこの身体からだが包まれたので、ほっといきをつくと、山のが遠く見えて、私のからだはつちを放れて
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また暗碧あんぺき白布しろぬのを織って矢を射るように里へ出るのじゃが、その巌にせかれた方は六尺ばかり、これは川の一幅ひとはばいて糸も乱れず、一方は幅が狭い、三尺くらい
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仕丁 ずるずるずると巻きましたが、真黒な一幅ひとはばになって、のろのろと森の奥へはいりました。……大方おおかた、釘を打込みます古杉の根へ、一念で、巻きついた事でござりましょう。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婦人おんなはしばらく考えていたが、ふとわきを向いて布のふくろを取って、ひざのあたりに置いたおけの中へざらざらと一幅ひとはば、水をこぼすようにあけてふちをおさえて、手ですくって俯向うつむいて見たが
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
枯野かれのひえ一幅ひとはばに細く肩のすきへ入つたので、しつかと引寄せた下着のせな綿わたもないのにあたたかうでへ触れたと思ふと、足を包んだもすそが揺れて、絵の婦人おんなの、片膝かたひざ立てたやうなしわ
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
棒杭ぼうぐいのように欄干がついて、——あれを横切って、山の方から浜田へ流れて出る小川を見ると、これはまた案外で、瓦色かわらいろに濁ったのが、どうどうとただ一幅ひとはばだけれどもうねりを立てて
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あけの明星の光明こうみょうが、嶮山けんざんずい浸透しみとおつて、横に一幅ひとはば水が光り、縦に一筋ひとすじむらさきりつつ真紅まっかに燃ゆる、もみぢに添ひたる、三抱余みかかえあまり見上げるやうな杉の大木たいぼくの、こずえ近い葉の中から
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ぼうと天井から一幅ひとはば落ちたが、四辺あたりが暗くて、その何にも分らぬ……両方の棚に、ひしひしと並べた明晃々こうこうたる器械のありとも見えず、しんとなって隠れた処は、雪に埋もれた関らしく
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こぶしをあげて一にん天窓あたまをうたんとせしに、一幅ひとはばの青き光さっと窓を射て、水晶の念珠瞳をかすめ、ハッシと胸をうちたるに、ひるみてうずくまる時、若僧じゃくそう円柱をいざり出でつつ、つい居て
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こぶしをあげて一にん天窓あたまをうたむとせしに、一幅ひとはばの青き光さつと窓を射て、水晶の念珠ねんじゆひとみをかすめ、ハツシと胸をうちたるに、ひるみてうずくまる時、若僧じやくそう円柱えんちゆうをいざりでつつ、ついゐて
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
カタリと一幅ひとはば、黒雲のとざしたような雨戸が閉って、……
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)