“ばば”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
55.0%
祖母13.0%
婆々10.7%
7.1%
馬場6.5%
老婆1.8%
1.2%
老母0.6%
0.6%
0.6%
女房0.6%
産婆0.6%
老女0.6%
老媼0.6%
馬々0.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
平生私の処にく来るおさんがあって、私の母より少し年長のお婆さんで、お八重さんと云う人。今でもの人のを覚えて居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
……兄が台治荘滕県城で戦死してから、祖父祖母があまり淋しがるので、こちらへ帰って来ましたの……もう二年になりますわ。
生霊 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
更にその際の唱えごととして「隣の婆々をひった」という類の下品な言葉があり、またふふらのふんというような鼻の音の声色をしにしている。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一対のが、背後で見張るようにも思われたし、縄張の動く拍子に、矢がパッと飛んで出そうにも感じたのである。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
秋骨君が言う処にわが意を得たものである。こはに移して代々木青山の練兵場または高田馬場等に応用する事が出来る。
しげに老婆が問うに源太く会釈して、まあよいわ、遠慮せずと此方へはいりゃれ、わざわざ夜道を拾うて来たは何ぞ急の用か、聴いてあげよう、と立ち戻れば、ハイハイ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
其れから明治廿九年乃木中将が台湾総督となる時、母堂が渡台の御暇乞に参内して、皇后陛下の御問に対し、は台湾の土にならん為、先途を見届けん為に台湾にります
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もう一度生きのびられるものだったら、今度こそはお老母にもくまい、どんな孝行でもしてみせる。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お老母っ、お老母っ……」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あが人の上に乗つかつてるからにやあ、このあめ、てつきり人を乗りまはすを知つてるにちげえねえだよ!」
旅ほど可愛うておもしろい事はないぞ、いまだに其頃を夢に見て後での話しに、間もに真夜中入歯を飛出さして笑ったぞ、コレ珠運、オイ是はたり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
栄華をと共に、世も是迄と思い切って後妻いもせず、さるにても其子何処ぞと種々尋ねたれどくそなたを里に取りたる事あるより、信濃の方へ行かれたというなりしと聞出したる
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
『うちの女房が、きょうは住吉の縁家までまいって留守じゃ。よしよし遺書をして参ろうか。数右衛門、暫時、失礼申すぞ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お前の生れる時に我身夜中にこの横町産婆さんの処に迎いに行たことがある、その産婆さんは今も達者にし居る、それからお前が段々大きくなって
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかるに国にっては、ちょうどわが上方で奈良の水取といって春の初めにかえって冷ゆるごとく、暖気一たび到ってまた急に寒くなる事あり。仏国の東南部でこれを老女次団太と呼ぶ。
後にはその御骨を持ちりなさいました。かくて還り上られて、その老婆を召して、場所を忘れずに見ておいたことを譽めて、置目老媼という名をくださいました。
『漢書』に、亀茲王が漢に朝し、帰国後衣望服度宮室を、漢の風に改めたが、本物通りに出来ず。外国胡人皆って驢々にあらず、馬々にあらず、亀茲王のごときは騾という物じゃといったと見ゆ。