こん)” の例文
そのうち、男妾の浅公が首をくくって死んでしまうと、まもなく、後家さんが無名沼ななしぬまに落ちて溺れ死んだ、つまりこんに引かれたのだ。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
燈火よ、客のこんはくとなりしかならざるか、飛遊して室中にはとゞまらず、なんぢなんすれぞ守るべき客ありと想ふや。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
しんこんに痛感したものは、それを表面にさらげ出すのには余りに貴い……と、主張は私に取つては全く別だ。
心理の縦断と横断 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
今日きょうにもあれ、明日あすにもあれ、この身のほだし絶えなば、惜しからぬ世を下に見て、こん千万里のくうを天に飛び、なつかしき母のひざに心ゆくばかり泣きもせん、訴えもせん
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
見遍みわたせば両行の門飾かどかざりは一様に枝葉の末広く寿山じゆざんみどりかはし、十町じつちよう軒端のきばに続く注連繩しめなはは、福海ふくかいかすみ揺曳ようえいして、繁華を添ふる春待つ景色は、うたり行くとしこんおどろかす。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
くせん。人の生、はじめて化するをはくという。すでに魂を生ず。陽をこんという。物を用いてせい多ければ、すなわち魂魄こんぱく強し。ここをもって、精爽せいそうにして神明に至るあり。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
問うな。こん落ちて、五臓みな損じた人間は、どんなことがあっても、再び生きてわが前に立つことはない。孔明のいない蜀軍は、これを踏みつぶすも、これを生捕るも、これを
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
哀悼あいとう愁傷、号泣慟哭、一の花に涙をそそぎ、一の香にこんを招く、これ必ずしも先人に奉ずるの道にあらざるべし。五尺の男子、空しく児女のていすとも、父の霊あによろこび給わんや。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
断崖だんがいの直下、脚下はるかの岩に砕くる数丈の飛沫しぶきは、ここに立つもなお、全身のれそぼれる心地がする。こん飛び眼くらめくというのは、こういう絶景を形容するに用いる言葉であろう。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
沖天の雄志躍々としてふる能はず、天下を擧げて之に與ふるもこゝろ慊焉たらざりしものも、一旦こん絶えて身異物とならば、苔塔墓陰、盈尺の地を守つて寂然として聲なし、人生の空然たる
人生終に奈何 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
詩はわがこんを動せども、樂はわが魂と共に、わが耳によりてわがはくうごかせり。夕されば我窓の外に、一群の小兒來て、聖母の像を拜みて歌へり。その調は我にわがをさなかりける時を憶ひ起さしむ。
ことに、あのイヤなおばさん、はちきれるほどあぶらたっぷりなおばさんが、もろくもこんに引かれ死んでしまった。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ああ、宮は生前においわづかに一刻のさきなる生前に於て、このなさけの熱き一滴を幾許いかばかりかはかたじけなみけん。今や千行垂せんこうたるといへども効無かひなき涙は、いたづらに無心の死顔にそそぎて宮のこんは知らざるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
貫一はこの絵をる如き清穏せいおんの風景にひて、かの途上みちすがらけはしいはほさかしき流との為に幾度いくたびこん飛び肉銷にくしようして、をさむるかた無く掻乱かきみだされし胸の内は靄然あいぜんとしてとみやはらぎ、恍然こうぜんとしてすべて忘れたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)