飢餓きが)” の例文
そとからて、何人なんぴとか、ここにかなしみがあるとおもうだろうか。むろんここには近所きんじょまでせまった飢餓きがもなければ貧困ひんこんもなかったのでした。
子供は悲しみを知らず (新字新仮名) / 小川未明(著)
濛々もうもうとこめる戦雲と朝霧に明けて、夜もすがら戦い通した籠城の兵に、ふたたび飢餓きがと、炎暑と、重い疲労が思い出された朝の一瞬ひととき
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの放浪と飢餓きがの三日間に關することは私はずつと加減した。何故なら總てのことを彼に話すことは不必要な苦痛を加へると思つたからである。
屍体は即日解剖に附せられたが、この男の死因は主として飢餓きがによるものと判明した。なお屍体の特徴として、左肋骨ろっこつの下に、いちじるしい潰瘍かいようの存することを発見した。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昂奮こうふん飢餓きがとのために肉体の正調を失した新一青年は、憑かれたように悲憤の言葉を喋りつづけた。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
男の顔には再び蝿が戻って止り始めるらしかった。所属を離れた兵隊、ことに見失った兵隊がこのように密林をさまよっているうちに飢餓きがのためあちこちに倒れて行くものらしかった。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
わずかに少量の干うどんとさつまいもとが手に入ったきりであった。たとい焼けないにしても、当分は芋粥いもがゆにして食いのばさねばならぬ。がそれも長くは続かない。そのあとには飢餓きがが来る。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
狡猾こうかつな競争者と、意地の悪い劇場と、無理解な出版者は、あわれな異邦の一青年作曲家を飢餓きがちまたに放り出したのである。骨にもむ失望と餓えとは、ワグナーを滅茶滅茶めちゃめちゃにさいなみ続けた。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
あちこちから起こる物音が一つになって、なんだかそれが大都会のすさまじい叫びのように思われる。ここに罪悪もあれば事業もある。功名もあれば富貴ふうきもある。飢餓きがもあれば絶望もある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
質朴しつぼくあいするに堪へたり、余炉辺にし一客にふて曰く、是より山奥にいたらば栗樹くりありや否、余等一行探検たんけん中途ちうとにして飢餓きがおちゐることあらん乎、栗等の果実くわじつりて餓死がしのがれんとすと
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
三年一回の凶歳きょうさいありても飢餓きがうれいまぬかるべき割合ではありませぬか。
禾花媒助法之説 (新字新仮名) / 津田仙(著)
飢餓きが冷遇れいぐうしのびながら、職を求めて漂泊し、人の世のさんたる辛苦しんくめつくして、しかも常に魂のたされない孤独こどくに寂しんでいたヘルンにとって、日本はついにそのハイマートでなかったにしろ
そこで儲けている一つかみの黄金があれば、一村の飢餓きがが救われるであろうほどの物を、まるで、冗戯じょうだんみたいに、遣り取りしていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飢餓きが戦争せんそう奴隷どれい差別さべつ、みんな人間にんげん社会しゃかいのことであって、かつて鳥類ちょうるいや、動物どうぶつ世界せかいにこんなようなあさましい、みにくい事実じじつがあったであろうか。
太陽と星の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
飢餓きがが恢復すると、私達は少し元気になって、徳さんとお互の身の上を話し合った。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「すると、遅配ちはいだの飢餓きがだのということは、もう起らないのですね」
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いかに藤吉郎でも、二日二晩の不眠不休をつづけている飢餓きがの兵を用いて、法師武者ほうしむしゃの数知れない伏兵を打ち破ろうなどとは思わない。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「すると、遅配ちはいだの飢餓きがだのということは、もう起らないのですね」
三十年後の東京 (新字新仮名) / 海野十三(著)
冬近きを思うにつけ、飢餓きがに迫っている城兵はいよいよ悲壮な哀腸あいちょうを抱いて死の近きを覚悟しているにちがいない。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だから彼はつい飢餓きがと寒さのために死んでしまったのだった。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ああ思い出した。では、利家様がまだ七尾御在城の頃、城下端れの茶店で、飢餓きがのあまりに、盗みをした浪人者の父子が、大勢の中で仕置しおきっていたのを
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飢餓きがに迫る城内五千の生命を救えることなら、僧として、身命をしても、和議のお仲立ち仕りましょう」
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
てんで声もしない飢餓きがの群は、橋の下にも、浅草寺せんそうじの裏にも、ゴミ捨て場のように、蠅をかぶっていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ときには、前線に連れて行って、風雨にも打たせ、飢餓きがも味わわせ、怖い中を歩かせたりしていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「図に乗るまい。——籠城の兵は、病人負傷者をのぞけば千人を欠いておる。それも草を食って、飢餓きがにたえつつ、この孤塁こるいをささえてきた骨と皮ばかりな兵でしかない」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初め、木の皮も喰いたいような飢餓きがに襲われた。それがやむと、時折、胃ぶくろが暴れて苦悶した。それに馴れると、妄念もうねんが起った。肉体の疲労が、自分の踏む足にもわかった。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飢餓きがちまたに、幼いお燕を、背に負いながら、木枯こがらしの日、みぞれ降る日を——一椀の食にも窮して、さまよいあるいたあわれなる父のすがたを、子の泣き声を、どうして忘れ得よう。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今の老、壮、青年はみなかつての久しい血と飢餓きがの中のただよいを身に知っている。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あられ降る飢餓きがの町のさまよいを——あの堺の抜け裏の雑鬧ざっとうを、おもい出した。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
泥と戦い、渓流と格闘し、木材と組み合いながら、まるで田圃たんぼの水牛みたいになって働く軍卒の中には、このとき飢餓きがと烈寒のため、たおれ死んだ者がどれほどあったか知れない程であった。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああ飢餓きがをお覚えになりましたね。ごもっともです。私も、今朝から水一滴のんでいませんし、馴れない道を、夢中で歩いてきたので、身を起そうとしてもただ身がふるえるばかりです」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弾丸に身を曝すも、飢餓きがにただようも、同じじゃ。ただ、与倉未亡人までが、乳呑児を負うて出ているのは、余りにもいたいたしい。それではわれわれ男児が、かえって断腸の思いにたえん。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)